ちょっとスピリチュアルな短編小説 No.10 「守護霊の仕事 目覚め編」


先回約束したように、今回は、いまだ目覚めていない霊を目覚めさせるお役目を受けた時の話をしよう。

時は明治時代の末。
今回登場する貞吉は、私から見て6代後の子孫になる。
貞吉は今回で3回目の地上人生になるが、前の地上人生、つまり2回目の地上人生では、魂が目覚めることがなかった。
それで、この回の再生の目的は“とにかく目覚める”ことにあった。

すでに目覚めている霊なら、地上へ再生する前に、どんな環境に生まれたらより成長できるかを話し合うことができるが、
貞吉のように目覚めていない霊の場合は、摂理どおりに、一方的に再生させられることになる。

貞吉としての地上人生は、霊性が目覚めるために容赦のない地上人生になるであろうことは容易に想像が付いた。
とりあえずは、霊性を目覚めさせるためには、苦しみを味わうことを通して打ち砕かなくてはいけないことが山ほどある。
私はとことん付き合う覚悟を決めた。

生まれたところは貿易商をしている家だったので、金銭的には裕福な家庭ではあった。
しかし、貞吉が6歳の時に母親が他界してしまった。
かねてから父親の愛人だった人が後妻に入り、貞吉の継母となった。
この継母には子供がなかったこともあり、子供の育て方を知らなかった。
父親は仕事で日本中を飛び回っていたため、貞吉のことは継母にまかせっきりだった。

貞吉は悪ガキの大将で、仲間を集めては近所の畑から作物を盗んだり、犬や猫をいじめたりしていた。
そして、何に関しても損得で物事を考え、仲間が泣いていても気にも留めず、自分が得をするなら何でもする子だった。
そんな子供だったから、継母は貞吉を心から嫌い、本人は躾のつもりでも、貞吉にとっては虐待と思えるほどの体罰を与えることが多かった。
そのたびに、「おいらが悪い子になったのは、お前のせいだ」と罵詈雑言を吐くほどだった。

15歳の時、父親が海外で病死してしまった。
ふたを開けてみたら借金ばかりになっていたことが判明した。
継母は自分はその借金を払う責任はないと言って、金目の物を持ってサッサと他の男と見知らぬ土地へ行ってしまった。
店の者も散りじりになり、貞吉は親戚に引き取られることになった。
ところが、借金取りが親戚の家まで押しかけてきた。
親戚の人は恐怖に駆られ、貞吉は別の親戚の家に追いやってしまった。
その親戚も怖がり、結局、親戚中をたらい回しされることになった。
貞吉には自分の居場所がなかった。
どこへ行っても厄介扱いにされ、嫌味ばかりを言われた。

ここまでは、まだ前段階に過ぎなかったが、それでもずいぶん余分なものが砕かれ、目覚めに近づいてきているように思えた。
そこで、私は貞吉を職人として働かせ、その中でもまれるようにしてみた。

貞吉を疎ましく思っていた叔父さんは、丁稚が欲しいという傘屋に貞吉をお金で売ってしまった。
その時、貞吉は17歳だった。

丁稚の仕事は辛いことが多い。
お金で売られた貞吉に給金はなく、自由な時間もない。
口ごたえなどもっての外で、ただ黙って働くことだけを強要された。

  父さんが悪いんだ
  父さんが作った借金だ
  あの継母だって、さっさと逃げ出しやがって、見つけたらタダじゃ済まさないぞ!
  いつか絶対に仕返ししてやる!
  叔父さんたちだって酷いもんだ。
  あれだけ父さんに世話になっておきながら、こんな仕打ちをするなんて。
  いつか絶対に見返してやる。

貞吉は毎晩布団の中で泣きくれた。

目覚める一歩手前の者なら、なぜ自分ばかりこんな目にあるんだろう、と考える。
そう考えれば次の段階への手助けのしようもある。
しかし、貞吉はそんなことさえも考えず、ひたすら自分の境遇を呪った。

それではいけないと、私は貞吉を何度も慰めたが、貞吉の憎悪とも言える思いには勝てなかった。
精神的に立ち直るための状況も何度か作ってみたが、すべて空振りに終わってしまった。
私の心も虚しさで押しつぶされそうだった。
しかし、それではいけないと、自分で自分を奮い立たせて、また新たに貞吉に向かい合った。

育ち盛りの貞吉にとってお店で出される食事の量は少なかった。
空腹に耐え切れなくなった貞吉は邪霊にそそのかされ、近くの店で売られていた饅頭を盗んだ。
店主がそれに気がつき、貞吉を追いかけた。
捕まりそうになった貞吉が店主を突き飛ばしたので、店主は側溝に転がり落ち、左足を骨折してしまった。
それを見て貞吉は恐くなり、その場で逃げてしまった。

真夜中にうろうろ歩いていたところを警官に呼び止められ、貞吉は捕まった。
すぐに貞吉が働いている傘屋にも知らされたが、主人は店の信用を考え、「こいつはウチの店の者ではない」と引取りを拒否した。
留置場で、貞吉はどうして良いかわからなくなり、

  父さん・・・父さん・・・
  おいらだけが悪いわけじゃない
  父さん・・・助けてくれよう・・・

そう言って、膝を抱えてただただ泣いていた。
私はその様子を見ていて胸が詰まった。

その時、貞吉の心の中に「なぜなんだ」という思いが湧いたのを、私は見逃さなかった。
今なら声が届くかもしれないと思い、私は貞吉の父親を呼び寄せ、貞吉に話しかけてもらった。
父親は夢の中に現れた。

  貞吉、わしが悪かった
  不運が重なってしまって・・・仕方なかったんだ・・・
  でもな、借金を返そうと奔走している時、古い友人が一冊の本を手渡してくれたんだ
  それはヤソ(キリスト教)の読み物だったが、良いことがたくさん書かれていた
  それを読んで、わしはしばらくの間、涙が止まらなくなった
  その中に書かれていたことがどんだけ大きな意味を持つものか、こっちに来て
  良くわかった
  貞吉、悪人に手向かうな
  自分を大切にしたいなら、自分より他人を大切にしろ
  そして、自分の中にある良心に従え
  そうしたら、お前は幸せになれるから

貞吉は目が覚めた時、かすかに夢のことを覚えていた。
父親が何かを話してくれたことは覚えていたが、残念なことに、話の内容は全く覚えていなかった。
それでも、感覚だけは残っていた。
そして、それは確かに魂には刻み込まれた。
その様子を見て、私は父親を呼んで良かったと思った。

その次に、私は饅頭屋の店主に、貞吉のことを許すようにささやいた。
私のその声はすぐに届いたので、店主は急に貞吉のことが心配になった。

翌日、骨折した饅頭屋の店主は貞吉の境遇を不憫に思い、知り合いの瓦屋で働けるように配慮した。
瓦屋が引き取り手となってくれたため、貞吉は留置場を出ることができた。
言葉では饅頭屋の店主に侘びと礼を言ったが、心の中ではそれをちっとも有り難いとは思わずに、自分を捨てた傘屋の主人を恨み、自分の不運を嘆くばかりだった。

ここで、私は失敗したことに気がついた。
霊性が開いた者なら、こうした優しさは心に響くのだが、霊性が開かれていない者は人の優しさに対して反発心を抱くことが多い。
店主の優しさが、せっかく魂の目が開かれようとしていたのを逆に閉ざしてしまったことは、やはり私の失敗だった。

私は次の準備もあって、それからしばらくの間、日常の小さなことは伝えても、それ以外は言動を見守るだけにした。
日常の小さなことというのは、忘れ物をした時に教えたり、身体への危険を回避する程度のことだ。
これぐらいなら、目覚めていない者にも声は良く届く。
しかし、肝心な魂に関することは全く届かないのだ。

とりあえず、饅頭屋の店主の計らいで、貞吉は瓦工場に就職することができた。
そこでは友達も何人かでき、それなりに楽しい日々を過ごしていた。
しかし、相変わらず心は殺伐としており、取り立てて何かを深く考えることもなく、仕事に精を出すどころか、怠慢ぶりは目に余るほどだった。
そして、土日は酒と博打で過ごすようになっていた。
同僚から郭(くるわ)遊びも教えられ、給金が少しでも貯まると出かけた。
そこの女郎とねんごろになり、足抜けさせようとしてヤクザに捕まった揚句、貞吉も女郎も死ぬほど角材で打たれた。
その時、貞吉はまだ20歳だった。

時代は昭和になり、貞吉は30歳になった。
相変わらず、瓦工場で働いていた。
23歳の時に見合い結婚をしたが、相手の女性には好きな男がおり、婚礼の当日、逃げられてしまった。
駆け落ちだった。
以来、女性不振に陥り、結婚ぜずに郭に通っている。

酒も博打も相変わらずだが、この頃になると自転車に乗ることを覚え、暇ができると自転車で遠出をすることが多くなった。
ある日、いつものように自転車に乗って走っていた時、危うく子供を引っ掛けそうになった。
ところが、貞吉は気にもとめず、そのまま走って行ってしまった。
たまたま通りかかった同僚がそれを見ていた。
「貞吉っさん、あれは危なかったなあ。気をつけねば」と言ったが、貞吉は、「オレは何もしてねえ」と言って、聞き流してしまった。

それから1ヵ月して、こんどは老人にぶつかりそうになった。
貞吉は自分が悪いとは思わずに、老人に怒鳴った。

  危ねえなあ、このクソッタレがあ!
  ちっとは気いつけろや!
  歳とってふらふら出歩いているから、危ねえ目にあうんだ
  年寄りは畑にいるか、家の中でじっとしているもんだ!!

それから更に1ヵ月たった頃だった。
今度は妊婦にぶつかってしまったのだ。
その女性は軽症で済んだが、残念ながら、お腹の子は流産してしまった。
どれだけの慰謝料を請求されるか、給金は人並みに貰ってはいるけど、毎月使い果たしている有様なので貯金はほとんどない。
貞吉は生きた心地がしなかった。
貞吉は病院に毎日足を運び、謝り続けた。

謝り続けている貞吉を見て、私はホッと胸をなでおろした。

ところが、お腹の子は望まれて生まれてくる子ではないことがわかった。
それを知って、貞吉は九死に一生を得た思いがした。

貞吉は不思議と、3回続いた自転車の件を、天からのお告げのように感じていた。
やっと目覚める時期に来たのかもしれない。

それから後も、貞吉は自分に都合の悪いことがあると相変わらず人のせいにしたが、それでも、その後で必ず反省するようになった。
あと少しで完全に目覚める段階にきたことが分かり、私は小躍りして喜んだ。

以来、私の声も少しずつ届くようになり、成長させやすくなってきた。
私は、貞吉をある人に出会わせるようにしてみた。

主人の言いつけで、隣町に行く途中にある神社の鳥居の近くで、一人のみすぼらしい初老の男性が何やら一人で大声で話しているのに出会った。
近くを通る人は、胡散臭そうな目でその人を一目はするが、どの人もすぐに足早に通り過ぎて行った。
貞吉はその初老の男性が何を話しているのか、知りたくなっって、しばらく耳を傾けた。

  目を覚ましなさい
  他人は見ていなくても、神があなたを見ている
  神に嘘やごまかしは通じない
  あなたが神に忠実に生きるなら、神は決してあなたを見捨てない

なあんだ、ヤソか。
と思ったが、その時、ふとある記憶がよみがえった。
それは、留置場に入れられた時に感じたことだった。
なぜか、その初老の男性が父親とダブって見えた。

貞吉には、その男性が話していることは理解できなかったが、聞いているとなぜか心地よかった。
その時、男性が言った。

  悪人に手向かってはいけない
  自分が悪人にならないためです
  人を裁いてはいけない
  自分が裁かれないためです
  幸せになりたかったら、他人の幸せのために働きなさい
  そして、自分の中にある良心に従いなさい
  そうしたら、あなたは誰も盗むことのない宝を、天に蓄えることができるのです
  誰も奪い取ることができない幸せになれるのです
  その幸せこそが神の国なのです
  
貞吉は遠い昔、同じようなことを聞いた気がした。

初老の男性は貞吉に手書きの紙を一枚くれた。
その紙には、今男性が話した言葉が綴られていた。
貞吉には、たった一枚のその紙切れが光り輝いているように見えた。

私は、感動で震えた。
やっと、やっと、たどり着くことができた。
今まで、私の方が何度くじけそうになったことか。
何度、指導霊に助けを求めたことか。

私も今気付かされた。
貞吉は私自身だったのだ。
私にもまだまだ気付いていないこと、気付かなければいけないことが山ほどある。
いま貞吉の守護をしている私にも、後ろで見守ってくれている進化した霊がいる。
その霊に、私自身も大きく助けられていたことが今ようやく分かり、私は天を仰ぎ、神に感謝した。

その後、貞吉は戦争に召集され、戦死した。
最期は、戦友を助けようとして地上人生を終えたのだ。
戦争という大変な時代ではあったが、戦友との深い絆を深めることができたことは、貞吉にとっては何物にも代え難い宝だった。

貞吉が残した僅かな荷物の中にお守り袋があり、上官がそれを開けてみたら、そこにはボロボロの一枚の紙が入っていた。
その紙に書いてある字は涙であろうか、滲んでしっかり読めなかったが、こう書かれていたのだけがわかった。

  悪人に・・・・・
  ・・・  裁いてはいけません
  ・・・  神の国なのです

上官は、貞吉が大切にしていたその紙を、墓に埋めてあげた。

今世は、魂を目覚めさせる人生なので、私も貞吉も大変だったが、次に地上に再生する時は、魂を磨く人生設定がなされることだろう。



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