ちょっとスピリチュアルな短編小説 No.11 「優先順位」


純子は高校3年生。
今やっと大人の仲間入りをしようとしている。
今までは世の中のことを何も考えずに、楽しければいいという感じで過ごしてきた。

でも、最近はちょっと違う。
社会人として生きて行くにはどうするのが最善なのか、そんなことを考え始めていた。

考え始めたきっかけは、去年の夏休みに老人介護のボランティアに参加した時のことだった。

ある一人の女性が中心になって、甲斐甲斐しく働いていた。
物腰は柔らかく、誰にでも笑顔で優しかった。
純子にもとても優しく、いろいろと教えてくれた。
その女性はD子といって、30歳ぐらいに見えた。
純子は社会に出たらこのD子のような人になりたいと思うぐらい、尊敬の的になって行った。

ところがある日のことだった。
友達と映画に行くと、D子もまた友人たちと映画館に来ていた。
まだ開演前なので、D子は友人とおしゃべりに夢中になっていた。
純子が近くに行っても気がつかないらしく、話が弾んでいるようなので話しかけるのがためらわれた。

その時である。
聞くつもりはなかったのだが、聞こえてしまった。

  ここへ来る前だけど、ホームから電話があったの。
  入所者の様子がおかしいので、すぐ来て欲しいって言われたけど、適当に理由をつけて
  断っちゃった。
  今日は当番の人がいるから、私がいなくても何とかなるんじゃないかなと思って。
  久しぶりの映画だから、ゆっくり観たいし、おしゃべりもしたいし、休みを返上してまで
  入所者の面倒なんて見たくないもの。

純子はこれを聞いてショックを受けた。
D子さんなら、何があってもすぐに駆けつけるものとばかり思っていたからだ。
それなのに、適当な理由をつけて断ったとは・・・

純子は、友達を残して、映画を見ずに映画館を出てしまった。
そして、歩きながら考えていた。

  介護も仕事として割り切ればいいと思うし、休みの日だから断るのは当たり前の
  権利なんだろうなあ。
  でも、何か違うんだなあ・・・
  私はD子さんに期待を持ちすぎていたんだろうか。
  それとも、自分の中で勝手に本人の人格以上のものを作り上げていたんだろうか。
  だけど、人が困っていたら、それも、自分が責任を持ってやっている仕事だったら、
  こういう時はすぐに行くのが当たり前じゃないんだろうか。
  わからない・・・・・

それからしばらくして、学校でこんなことがあった。
学校内では教師は勉強のことなら何でも教えてくれる・・・と思っていた。

昼休みに古文のわからないところを聞こうと職員室に行くと、国語の先生は外へ出かけるところだった。
「すぐに帰ってくるから、待ってろ」と言われたので、職員室でそのまま待っていた。

午後の授業が始まる直前に、その先生は他の先生と雑談をしながらにこやかに帰ってきたのだが、口には爪楊枝をくわえている。
授業が迫っているから、もう教えてもらう時間の余裕はない。

  食事をしてから出かけたはずだから・・・そうか、喫茶店に行っていたんだ。
  私なんかの質問より自分の休みの方が大切なんだ。
  結局は教師も同じか・・・

放課後になって職員室に行ったら、その教師が言った。

  さっきは悪かったな。
  急用が入って、抜けられなかったんだ。

純子は心の中で「私のことを馬鹿にしてるんだ」と思ったが、口には出さなかった。
それで、そそくさと古文の質問をしたことで、教師はそれに応えてくれたが、それ以上は話さなかった。

家に帰ってテレビを付けると、見るともなしにワイドショーが目に飛び込んできた。

  某所で地震災害が発生した折、総理はゴルフをしていた。
  地震の連絡が入ったが、総理は最後までコースを回り、それから駆けつけた。
  県知事は食事中で、その食事が終わってから悠然と駆けつけた。

このワイドショーの話は、D子さんや国語の先生とダブった。

その夜、母親にそのことを話してみた。
すると、母親は言った。

  そう思うのだったら、純子が大人になったら同じことをしないことね。
  そういう大人は反面教師にしたらいいのよ。
  教師だって、政治家だって、結局は人間。
  誰だって自分が損することはしたくないもの。
  それが人間というものよ。

母親のその言葉を聞いて、それは当たり前だと思った。
でも、何かが違う。
自分はどんな答えを求めているのだろう。
そんなことを考えているうちに数日がたった。

久しぶりに家族と一緒にレストランで食事をしていた時のことだった。
父親のケイタイが鳴り、何やら話をしていたかと思うと、急に会社へ行かなければいけないと言い出した。

母親は、
 「いつも仕事仕事なのね。
  今日は久しぶりにみんなで来たんだから、行くのはせめて食事が終わってから
  にしてほしいわ。
  だいたい、食事なんてそんなに長い時間がかかるわけじゃないし。
  他の人に任せられないの?」

母親は憤慨してそう言ったが、父親は、

 「いや、俺が行かないと皆が困るんだ」、と言って、食事の途中で行ってしまった。

父親は電話会社に勤めている。
きっと、電話線の故障でも出たのだろう。
こうした時、純子が子供の時は、母親と同じように父親に対して文句を言っていたのに、
今日はなぜだか怒る気がしなかった。

夜遅くなって父親が帰ってきた。
純子はすぐに切り出した。

  「ねえ、お父さん。 お父さんは仕事と家族とどっちが大切なの?」
  「そりゃあ、家族さ」
  「じゃあ、なぜ私たちを放っといて仕事に行ったの?」
  「父さんが仕事をしなかったら、お金が入らないし、家族は暮らしていけないだろ。
   月並みな答えだが、お父さんは家族のために働いているんだよ。
   もちろん仕事は相手のあることだから、家族のためだけに働いているわけでも
   ないんだ。
   関西ではよく「働くというのは、端(はた)を楽にすることだ」って言うだろ。
   もし急病人がいるのに、医者が自分の家族との食事を大切にしていたらどうなる?
   病人は死んでしまうかもしれない。
   もし、落雷か何かで電気が止まってしまった時、電気会社の人が動かなかったら
   どうなる?
   電気を使えないから困る人だらけになる。
   電気が止まったら、銀行だって、お店だって、病院や警察や消防署だって困ることに
   なるんだ。
   父さんの会社も電気と直結しているから、真っ先に困る会社の一つだ。
   もちろん家族は大切だ。
   だけど、優先順位というものがあるんだよ。
   その優先順位を守れば、ほとんどがうまく回るんだ。
   ところが、優先順位を守らずに自分がしたいことを先にやっていたら、最初は良い
   かもしれないけど、最終的に全部が悪い方向に動いてしまうことになるんだ。

   実は、今日は、ある会社の電話が一斉に使えなくなったという連絡が入ったんだ。
   担当者が調べたら、どうやら元線が何かで切られているということだったんだ。
   そこは父さんの管轄地域の会社で、父さんが行かないことにはことを進められ
   ないから、それで食事の途中だったんだが大急ぎで駆けつけたんだ。
   だけど、10分や20分ぐらい遅れて着いたからといって、大事にはならなかった
   かもしれない。
   でも、その会社の人にとって10分というのはすごく大切だから、お父さんは
   駆けつけないわけにはいかなかったんだよ。

   もし、家族を優先して食事をしていたら、父さんの信用は落ちるし、それが続けば、
   会社から、もうお前は要らないと言われるかもしれない。
   そうなったら、最終的に困るのは家族だろ?
   だから、家族のために仕事をしているんだよ。
   家族が一番大切だから、場合によっては家族を後回しにすることもあるんだ。
   優先順位っていうのは、その時その時で変わるんだよ。
   これはとっても大切なことなんだ。」

父親の話は純子を十分納得させてくれた。
振り返ってみると、D子さんも先生も、ワイドショーに出てきた人たちも、この優先順位があることを知らないに違いない。
純子はいつになく父親が誇らしく思えた。

純子は学校の先生でさえ知らないことを自分は知ってしまったようで、嬉しくて仕方がなかった。
そう思うと、今まで父親に対してさびしく思ってきたこと、そして最近モヤモヤしていた思いが一気に払拭され、代わりに言葉では言い表せないような満足感で埋め尽くされたように思えた。
そして父親への信頼感が一気に高まった。

  そうか、優先順位を守っていると、寂しさもいつかは埋められるんだ。
  お父さん、ありがとう。
  お父さんが私のお父さんでよかった。

純子は、自分が一歩大人に近づいたように感じた。



守護霊の仕事 目覚め編」へもどる
ま〜ぶるさんの小説」へ
本当の愛を取材したら」へすすむ

霊的故郷