ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.29 「あるヒーラーの一生・・・ D 女性ヒーラーとの会話」


聡史のところに来る人は、藁にでもすがるような切羽つまった思いで来る人ばかりなので、どの人も、みんな暗く悲壮感が漂っている。
時には有名人や身なりの良い人も来るが、そういう人がブルーテントに来るにはよほどの事情があるのだろう。
財産や地位や、守るものをたくさん持っている人が死に直面すると、ホームレスや低所得者より更に悲壮感が漂う。

ところがある日の朝、いつもテントに来る人たちとは場違いと思える女性が来た。
この女性はブランド物や宝石を身に着け、優雅なハーブの香りを漂わせていた。
派手なアイメイクをしているのと、インド風のデザインの服がよけいに異質さを感じさせているのかもしれない。

聡史のテントに来た人に対しては、最初はCさんが応対する。
そして、Cさんは“門前の小僧、経を習う”のごとく、聡史といつも一緒にいて話を聞いているので、ヒーリングに関することをたくさん知っている。
それで、順番を待っている人たちからいろいろと質問されると、知っていることは答えていた。

Cさんはこの女性とも話すつもりでいたが、聡史に直接質問をしたいと言うので、ブルーテントの中に案内した。

「なんて清々しいオーラなのかしら。 驚いたわ」

聡史のテントの中はシンプルそのもので、写真も飾ってなければ置物もない。
生活用品のほとんどはCさんと共同で使っているので、聡史のテントの中にあるのは、毛布が入れてある袋と、着替えが入れてある袋、そして小さなテーブル1つとイスが2つだけ。
ただ、テーブルの上に一輪だけ花が生けてあって、その花はどこにでも咲いている道端に咲く小さな花なのだが、とても美しく感じた。

聡史から見たら、この女性はここには似つかわしくない人に見え、その女性から見たら、聡史は自分とは全く違う世界の人に見えた。

聡史と女性は向かい合って椅子に座った。

その女性は病気で来たわけではなく、聡史と同じくヒーリングの力を持っていて、うわさを聞いてやって来たということだった。

彼女が知りたいことは山ほどあった。
金銭を取らないのは本当なのか。
もしそれが本当なら、なぜ取らないのか。
成功率はどれぐらいか。
自分とは何が違うのか。

それが一番聞きたいことだった。

彼女は自分が奢るから、どこかゆっくり話せるところに行こうと誘った。
ブルーテントには慣れていないので、別のところで話がしたいのだろう。
もしくは、食事に接待することが礼儀とでも思っているのだろうか。

聡史は、外出用の服は安物だけれど一通りは揃えていたから、それに着替えて一緒に出かけた。
もちろん、Cさんも同行した。

彼女が連れて行ったのは、すし屋の個室だった。
かつては、寿司屋へはよく行っていたが、ブルーテントに住むようになってからは初めてだ。
聡史は、卵を抜いた海苔巻きとかカッパ巻き、稲荷寿司だけを注文し、生ものは一切注文しなかった。

それを見た女性は、
「ここはそんなに高くないし、せっかく来たのだから、何でも注文して食べてください」
と言ったが、聡史は
「僕の代わりにCさんがたくさん食べますからよろしく」と言って笑った。

「動物系のものは一切食べないとは聞いていたけど、お魚も食べないのね」

「はい、食べるものを制御しないと、ヒーリングに影響しますから。
 これも僕の責任の一つなんです」

「いろいろと食べたいとは思わないの?」

「食べると途端に影響が出ますから」

その女性はそれを聞いたからかどうか、運ばれてきたお寿司には箸もつけずに話し始めた。

「超能力を使って治すとか、催眠術を使うとか、
 最初の10分は無料で、あとで多額を要求されるとか、
 まあ、そういった類の噂を聞いたの。
 中には、あれは、プラシーボ効果で気持ちの問題だとか、
 元は医者だったとか、みんな言いたいことを言っているけど、
 どの人の話も憶測の領域を出ないから、
 自分で真偽を確かめたくて来たってわけ」

話を聞いていくと、彼女は病気を治すのを生業とし、その収入を生活の糧としているとのことだった。
元々はヒーリングの力はなかったのだが、高い授業料を払い、厳しい訓練によって得たのだと言う。
そして、数年前から教室を開き、今では自分が講師となってヒーリングの輪を広げていると言う。

「金銭を頂かないというのは本当ですか?」

「原則としてはどの人も無料です。
 でも、食料とか生活物資を持ってきてくれたりすると、
 それは有難く頂きます。
 中にはお金を置いて行こうとされる人がいますが、
 その場合は、他へ寄付して頂くことにしています」

「でも、それって不公平じゃない?
 私は、治療をしてお金を貰うのは当然の権利だと思うんだけど。
 というより、相手からちゃんとしたお金を頂かないのは、
 せっかくの感謝の思いを無にすることになるんじゃないかしら。
 あなただって、お金のある方から頂いて、それを元にして
 アパートを借りるとか家を建てれば、ホームレスの人たちが
 安心して生活できる場所を提供できるんじゃないかしら。
 そうすれば、みんな幸せに暮らせるのに。
 私は、あなたはせっかくの能力を無駄に使っていると思います。
 賢く貰って、賢く使うべきですよ」

「僕は中学しか出ていませんから、賢いと言うのが
 どういうことかわかりません。
 幸せという考えもあなたとはずいぶん違うようです。
 でも、あなたの言いたいことはわかります。

 かつて、僕を使ってお金をもうけようとした社長がいました。
 人っていうのは、いったんお金が手に入り始めると、
 欲が膨張して金の亡者になります。
 お金を出す人を優先して、お金を出せない人には
 不満を抱くようになります。
 それはよくない事だし、その方がよっぽど不公平でしょ。
 金銭で物事を判断しようとすると、欲が絡んで善悪の判断を
 歪めてしまうんです。

 あなたのように、大金を払って厳しい訓練を受けて得た力なら、
 その力をお金に換えることも可能です。
 でも、僕の場合は、師匠もいませんし、お金を払うような
 訓練も受けていませんから。

 それに、病気を治しているのは僕じゃなくて、霊界の医者です。
 それなのに僕が病気を治したと言ったら、嘘をついたことになります。
 嘘をついてお金を頂いたなら、それは詐欺です。

 以前、自分だけの力で病気を治していた時はすごく疲れました。
 今は治療をすればするほど、僕は元気になります。
 だから、なおさらお金は頂けないんです。
 僕の仕事は、良いバッテリー、良いコンデンサーで居続けること。
 それが僕の仕事だし、責任ですから」

「あなたみたいにお金を取らない人がいると、私たちが比較されて困るのよ」

「それは僕の責任ではありません。
 僕は自分の使命を貫いているだけです」

「でも、少なくとも、ブルーテントに住むんじゃなくて、
 人並みの生活ぐらいはしたらいいじゃないですか。
 その方が多くの人がヒーリングを受けやすいでしょうし」

「誰を基準にしての人並みの生活と言うんでしょう。
 不思議なことに、贅沢はできないけれど、必要な物は入ってきます。
 これは守護霊の配慮でしょう。
 だから、僕は何も困ってないんです。
 今のままでいいんです。
 それに、テントだからいいんです。
 テントだから、ホームレスのような人が来られるんです。
 普通の家住んでいたら、来られませんから」

ここでCさんが言葉を挟んだ。

「あのなあ、お嬢さん。
 あんたは、俺たちが人間以下の生活をしているとでも
 言いたいんですか。
 世界を見渡したら、1日に1食さえまともに食べられない人が
 大勢いるじゃないですか。
 その人たちは人間じゃないって言うんですか。
 確かに俺たちは、日本では並みの暮らしをしているとはいえない。
 掃き溜めに住んでいるのかもしれない。
 だけど、自分を良く見せるために着飾ったり、人を欺いたりはしないよ。
 そういう人たちよりよっぽど人間らしい心を持っていると思うんだがね」

「ごめんなさい、そんな意味で言ったつもりはなかったんだけど・・・
 話を戻すわね。
 あなたはどんな病気でも治せるの?」

「わかりません。 だって、僕が治すんじゃないから」

「今まではどうなの?」

「治ることもあれば、半分しか治らないこともありました。
 すぐに治る場合もあれば、相当な日数がたってから治ることもありました。
 時には、何も変化がないこともあります。」

「精神病も治りました?」

「身体の病気も精神の病気もバランスの問題ですから、同じです。
 すぐに改善する人もいれば、時間がかかる人もいます」

「じゃあ、いつも成功するとは限らないわけね」

「成功かどうかと言うなら、病気は治ったのに成功しなかっこともあるし、
 逆に、病気は治らなかったけれど、成功したこともありました」

「え? それはどういうこと?」

「霊界の医者が言うには、魂に影響があることが成功で
 魂に影響がないのは失敗だと言うんです。
 だから、いくら病気が治っても、その患者がそれまでの
 生活を反省して、霊としての本来の生き方を学ぼうと
 しなければ、治療は失敗なんです。」

彼女にはその意味がまったくわからなかった。
病気が治れば成功で、治らなければ失敗だと考えていたのだ。

「病気が治らない時の共通点はありますか」

「病気の原因は個々によって違いますから、一概には言えません。
 魂がまだ治る段階に到達していないとか、病気の苦しみを通して
 カルマを解消する道を選んでいる場合などは、条件が整うまでは
 治らないようです。
 心配が強すぎる場合、とりこし苦労が大きい場合も治り難いです」

「でも、重度の病気になれば誰でも心配になるし、
 取り越し苦労もするでしょう」

「心配したり、取り越し苦労をしてはいけないということではないんです。
 その心配の念が分厚い壁となって、治癒エネルギーが入って来ないので、
 もったいないと言いたいんです。
 せっかく治る条件が整っても、自分で治らなくするんですから」

「では、心配の念とか不安とか、取り越し苦労を取るには
 どうしたら良いと言われるんですか」

「正しいことを知って納得すれば、それだけでバランスが取れて、
 負の念が取れ、病気が治ったりすることもあります」

「もし患者が死んだらどうします?」

「以前は死ぬという意味がわからなかったから、それで辛い思いを
 したことがありました。
 でも今はわかります。
 治療をする目的は寿命を伸ばすことではないんです。
 地上でやるべきことが終わったら誰でも他界します。
 やるべきことが残っている場合は、病気が治って地上に残ります。
 死ぬことは重い肉体からの解放ですから、悪いことではないと思います」

「良いヒーラーになる条件は何ですか」

「自我を忘れて、ひたすら他人のために役立ちたいと願うことだと思います。
 他人のことを思えば思うほど、それだけヒーラーとしての
 資質が増していくと教えられました」

「宣伝をすれば、もっとたくさんの人が訪れて、もっとたくさんの
 人の病気を治せると思うんだけれど」

「いいえ、宣伝などしなくても、必要なら、その人の守護霊が
 僕のところに連れてきてくれます。
 むしろ、宣伝をすることで、邪霊に導かれて来る人が増えますから、
 その方が問題です。
 それに、患者は僕がヒーリングするのにちょうど良い人数が
 導かれてきます。
 もし宣伝したら、僕の手には負えないほどの人が連れてこられるでしょう。
 それは困ります。」

「あなたと私のヒーリングの方法はずいぶん違うように思います。
 何が違うのかしら」

「一言で言えば、目的が違います。
 あなたの場合は病気を治すのが目的で、
 僕の場合は、魂に活を入れて目覚めさせるのが目的です。
 また、あなたの場合は、自分の五感の延長である
 生体エネルギーや磁気的な力を使って治療しているのに対して、
 僕の場合は、霊界の医者が僕を使って相手に治癒エネルギーを
 注ぎ込んでいるんです。

 つまり、あなたはエネルギーを自家発電している。
 僕は霊医と患者の中継ぎをしているだけです。
 それも大きな違いだと思います。

 僕も以前は、自家発電していたから、
 エネルギーが切れてくるとすごく疲れました。
 充電するにも時間が掛かりましたしね。
 でも、今は霊界からの治癒エネルギーが僕を通って
 患者に注がれます。
 その治癒エネルギーの一部が僕の中に残るので、
 疲れるどころか、僕は元気になるんです。
 それも大きな違いだと思います。」

3人はその他にも、いろいろと話をした。
結局、食事を堪能したのはCさんだけで、聡史もその女性も、ほとんどお寿司には手を付けないまま店を出て、そこで別れた。

別れてから、その女性はゆっくり歩きながら、聡史から聞いたことを思い出していた。
「目的が違う」と言われた言葉が、大きく心に圧し掛かっていた。
確かに自分が今までしてきたヒーリングの目的は、病気を治すことだった。
それに、良心的な値段で、心のケアも含めてヒーリングをしてきたつもりだ。

自分は高い授業料を支払って教えてもらったが、自分の生徒には安い授業料で教えている。
しかし、結局は仕事として行っていただけなのかもしれない。
それに、自分は謙虚で誰にでも優しく接するように気を配っていた。
でも、それは、感謝をされたいとか、尊敬されたいという思いからだったのかもしれない。

自分はヒーリングで成功し、家も建てたし、高級車も乗り回している。
これは自分の経営能力と努力の結果だと思い、誇りに思っていた。
だから、教室も開き、講師として教えている。
でも、何かが間違っていたのだ。

聡史と話をしてみて、ヒーラーとして、人間として、完全に負けたと思った。
いや、勝ち負けなどではないのは良くわかっているのだが・・・

彼女の頭の中は、聡史から聞いた内容と、自問自答する内容でいっぱいになっていた。
今まで自分がしてきたこと、考え方には改善すべき点が多いようだ。
しばらくの間、治療を休んで自分を見つめ直してみようか。
ヒーリングの勉強も、もう一度やり直してみよう。
いや、生き方そのものを考え直すために、真理の勉強をしなければ・・・

彼女は立ち止まり、身に着けていたネックレスとブレスレット、指輪、ピアスを外して、バッグの中にそっと入れた。
自分は変わらなければいけない、今までと同じではいけない。

そう思った時、自分が本来進むべき次の道が見えたような気がした。

(続く・・・)



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