ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.29 「あるヒーラーの一生・・・ C 心霊治療から霊的治療へ」


1週間の断食が終わり、沐浴を済ませてテントに戻ると、Cさんが重湯を用意してくれていた。
塩を一つまみだけ入れた重湯だが、今まで食べたどの食事よりもおいしく感じる。

しかし、肉体というのは不思議なもので、たった一口の重湯でも、胃の中に入れると身体がドーンと重く感じられる。
中国の仙人、といっても実在したかどうかわからないが、仙人が何も食べない理由がわかったような気がした。

この時、また誰かが聡史の心に語りかけてきた。

『あなたは使命を持って生まれてきました。
 あなたが自分で使命を選んで生まれてきたのです。
 使命を持つ者は、過酷な試練を体験しなければなりません。
 過酷な体験の目的は、慈悲の心を芽生えさせるためでした。

 過去を振り返ってごらんなさい。
 辛い時、もうダメかと思う時、必ず温かい手が差し伸べられてきたはずです。
 これからは、あなたが温かい手になる番です。

 訪れる患者がどんな人であっても、分け隔てなく治療してあげなくては
 なりません。
 選り好みしてはいけません。
 結果に関しても、自分で良し悪しを判断してはいけません。
 治療の結果、患者の人生がどう変わるかはあなたの責任ではありません。
 患者自身が自分の意志で選ぶことですから。

 あなたはこれから、身体の治療を通して魂の治療をして行くのです。
 魂が治療されると、その人自身が霊的橋頭堡、足場となります。
 たくさんの霊的橋頭堡が築かれれば、そこから大きな霊的変革へと
 移行していきます。
 あなたは私たちの手となり足となり、私たちと地上の人間とを繋ぐ役目で
 いてくれればいいのです。
 治療は私たちがやりますから、私たちが使いやすい状態でいてください。
 全ては、大霊の御心のままに』

聡史は、これは幻聴ではないと思った。
今は霊性が冴えているのか、その意味が感覚としてとても良くわかった。
身も心も引き締められ、これから繰り広げられるであろう霊的治療の道が始まるのを感じた。

たった今受けたメッセージを忘れないようにするために、ノートに書き記した。
もしかしたら、いつかはこの感覚を忘れて、元の自分に戻ってしまうかもしれない。
その時は、このノートを開いて、初心に戻ろう。

断食を境に、聡史の意識はすっかり変わった。
意識だけでなく、食生活も一変した。
今までは、廃棄のお弁当とか、ボランティアさんからの配給、Cさんが料理してくれるものを食べてきたが、そうした食事は、材料によっては自分にはあまり良くないように感じた。
特に、動物性の食品、砂糖類、揚げ物などを食べると、霊的な感覚が鈍るのを感じたからだ。
霊医が使いやすい自分でいるには、口に入る物を制御しなければいけない。

公園の近くに米屋があって、そこでは精米した時に出るヌカを無料で分けてもらえることになった。
また、近くに小さな豆腐屋もあるのだが、以前そこの店主に治療をしてあげたことがあり、その時のお礼にと言って、豆腐を作った後のオカラをいつも無料で提供してくれることになった。
あとは、塩と味噌と醤油が少しあって、公園や道端に生えている草を食べれば十分生きて行けるような気がした。

意外に美味しいのが、カラスノエンドウ。
葉っぱなのに豆の味がする。
春はタンポポや菜の花が食べられるし、ハコベやナズナも食べられる。
浜大根はちょっと辛いが、葉っぱも食べられるから、優秀な食材だ。

他にも、食べられる野草は探せばいろいろありそうだが、毒になるのもあるというので、食べられる野草のことを良く知っている人にいろいろと教えてもらった。

こうした野草をヌカやオカラと一緒に炊き込み、おじやにして食べた。
時には、ボランティアさんから分けてもらうおにぎりや果物も美味しくいただいた。

ある日、野草を摘みに行ってブルーテントに帰ったら、Cさんが言った。
また体調が悪くなったので寝ていたら、聡史の夢を見て、目が覚めて起き上がったら、体調の悪いのがすっかり治っていたという。
「これも聡史の力だな。 俺も廃棄の弁当はやめた方がいいかもしれない」そう言って笑った。

同じ日、以前治してあげた人がやってきた。
病気がぶり返したので、もう一度治してもらおうと思ってこっちに向かったら、ここに近づくにつれて気分が良くなって、今はもうすっかり良くなったから、このまま帰ると言う。
聡史は、笑顔でこの人を見送った。

治療の時、今までだったら、神経を集中してその人の身体に触れることで、自分のエネルギーを相手に分け与えていた。
今は、場合によっては身体に触れることもあるが、ほとんどは目を瞑って祈るだけだ。

以前は神経を集中して力を使えば使うほど疲れてしまったし、疲れると治す力も小さくなったように感じていたが、今はその逆で、必要以上に神経を集中しなくても良いので何人でも立て続けに接することができる。

断食をする前は、一度治ったのにぶり返したと言って再度やって来る人がかなりいた。
しかし今は、ぶり返したと言って来る人がほとんどなくなった。

治療する人は、少しずつ増えていった。
以前だったら、1日に10人診たらクタクタになっていたのに、今は全く疲れない。
それどころか、多くの人を治療すればするほど元気になる。

傍目にはわからないが、治療をしている間にトランス状態となって幽体離脱していることも少なくない。
時間にすればホンの一瞬で、聡史の記憶には残らないが、のちにインスピレーションという形となって現われた。
このインスピレーションによって聡史はいろいろと学んだ。

ある日、一人の男性が治療を終えた時に質問した。
「俺も聡史君みたいな力が持てないかなあ」
「自分のエネルギーを使う治療なら誰にでもできますよ。
 ほら、お母さんがやってくれる“手当て”とか“マッサージ”がそれですから」

来る人来る人、それぞれが聡史にいろいろな質問をした。
「あなたのような力は、修行すれば持てるの?」
「修行して開発される能力は超能力です。
 これは、欲が絡むと邪霊の餌食になるので気を付けなければいけません」

「前の能力と、今の能力の違いは何だい?」
「以前は自分のエネルギーを使っていたので、対処療法でした。
 今は、霊医が治療をしてくれていますから、根本治療です」

また、別の人が聞いた。
「こんな生活をしていると、野垂れ死にするかもしれないぞ。
 やくざとか、悪い奴がお前を利用しようとして来るかもしれないじゃないか。
 そういう不安はないのかい?」
「心配は全くないです。
 どうしてかというと、困った時には必ず僕の守護霊とか霊界のお医者様たちが
 助けてくれるからです。」
「ふうーん、そういうもんかねえ」

聡史はにっこり笑って、その人を送り出した。

またある人は、
「人はどうして病気になるんだろう」
「魂と精神と肉体のバランスが崩れると病気になることが多いです」

「じゃあ、今の私はバランスが悪いってことで、バランスが良くなと治るの?」
「そうです。 魂が正常になれば精神状態が良くなって、それから肉体に影響が
 出始めて、病気が治るんです。」

「ということは、良い人は病気にならないってわけね」
「いえ、良い人は良い人なりのバランスがあるし、魂が幼い人は幼いなりの
 バランスがありますから、どんな人でもバランスが崩れると病気になります」

「治らないことってあるの?」
「カルマが絡んでいたりすると治るのが遅いことが有ります。
 その場合は、カルマが解消されれば治ります。
 あと、治らない病気はないのですが、治りにくい状態というのがあります。
 心配症の人 取り越し苦労が多い人の場合、マイナスの思いがせっかくの霊的
 通路を塞いでしまうので治りにくいようです」

「生れつきの障害を持った人でも治るの?」
「身体の障害は地上だけのものなので、障害ではありません。
 本当の障害は無知です。
 正しいことを知らないから誤った生き方をしてしまうし、無知だから地上の
 ことに執着したり失望したりします。
 これが人にとっての一番の障害です。
 身体の障害を持った人は苦しい人生だと思うでしょうが、いったん魂が目覚め
 れば、より早く成長する可能性があります」

ある人は、何度通っても一向に病気が良くならなかった。
「何で病気が治らないんだ」
「病気の原因は大きく分けて3種類あって、バランスが崩れてなった場合と、
 魂を目覚めさせる目的、カルマの清算、などがあります。
 魂を目覚めさせるためだったり、カルマを清算させてもらっているのなら、
 幸せなことだと思います。
 もし清算しないで、魂も目覚めずに他界したら、もっと大きな不幸が待って
 いることになりますから。」

「病気が治らないことが幸せだって?
 笑っちゃうよ。
 お前なんかに俺の苦しみがわかってたまるか。
 家族に逃げられ、仕事もうまくいかなくて、おまけに病気だ。
 これのどこが幸せだと言うんだ、ええっ!」
「今のあなたの場合、病気が治ったら無茶な生活をして更にカルマを
 作るでしょう。
 そうしたら、病気が治ることであなたはもっと不幸になって行きます。
 今のあなたは、いろいろ反省して、多くを学ばなければいけないと思います」
「てやんでえ、このクソったれがあ」

この人はそれっきり聡史の前には現れなかった。

また、ある時は、
「私の姉は遠くに住んでいるので、ここに来ることができません。
 遠隔治療なんかもやっていただけるのですか」
「もうその必要はありません」
「?」
「あなたがここに来たことで、霊医が認識してエネルギーの通路ができました。
 ですから、あとは霊医に任せればいいです。」
「任せるって?」
「祈りとともに、自分の心と生活を今より律するように心がけるだけでいいんです。
 あなたとお姉さんが受容性をなくさない限り、霊界のお医者はお姉さんを
 治療し続けてくれます。
 そう伝えてください」

その女性は聡史が言った内容が理解できなかったが、何かしら深い安堵感を覚えて帰って行った。
その後、2ヶ月ほどして「進行が止まりました」という手紙が届き、更に半年ほどたって、「治りました」という知らせが届いた。
彼女の姉は、若年性アルツハイマーだった。

また、ある人が聞いた。
「こういう治療、誰に習ったんだい?  師匠はいるのか?」
「師匠はいません。 僕は生まれた時からこの力を持っていたんです。
 生れつき運動能力が高いとか、音感が人より良いとか、それと同じです。
 ただ、ある時から変わりましたが」

「肉とか魚を食べないんだってな。  卵も食べないのかい?」
「動物性のものは一切食べません。
 動物性のものを一口でも食べると、とたんに身体が重くなって感覚が一気に
 鈍るんです。
 だから、そういうのは食べないことにしています。
 もちろん、お酒とかの嗜好品も頂きません。
 それも、僕の仕事の内ですから」

「結婚はしないの? 彼女はいないの?」
「以前、好きな人はいました。
 でも、恋愛は正常な判断も正常な感覚も狂わせます。
 なので、もう恋愛はしないし、もちろん結婚をするつもりもありません」

こんな質問も出た。
「こうした治療家は全部聡史君と同じ種類の力なのかい?」
「殆どの治療家は以前の僕と同じ“心霊治療”をしていて、スピリチュアルと、
 サイキックが混ざっているものです。
 混じっているといっても、大半はサイキックで、遠隔治療とか、気功、レイキ
 などがそうです。
 霊視とか、念力、予知能力も同じです。
 つまり、地上のエネルギーを使っているんです。

 でも今僕がやっている治療は霊医が行っていますから、“霊的治療”、つまり、
 スピリチュアルな要素が大半を占めています。
 マザーテレサ、ハリーエドワーズ、エドガー・ケイシー、テスターなどの治療
 と同じです」

「おや? イエス様は違うのかい?」
「イエス様は、ご自身が霊界のエネルギーを直接活用されていたようですから、
 別格です」

「君の治療法をもう少し詳しく聞きたいな」
「僕の場合は、霊界のお医者様たちが、僕に治癒エネルギーを送ってくれるんです。
 このエネルギーは地上の人たちにはそのまま使えないので、いったん僕の中に
 蓄えられます。
 そして、地上のエネルギーに変換して、生命力を充電してあげることでバランス
 がとれ、治療になるわけです。
 いわば、僕はバッテリーとかコンデンサーとか変圧器のような役目だということです。
 これは霊界のお医者が関わってくれていることですから、通路ができれば、
 あとは直接霊医が治療し続けて根本的な治療をしてくれます」

「そういうコンデンサーの能力を持つにはどうすればいいんだい?」
「これは訓練とか修行で得られるものではないので、どうすればという質問には
 答えにくいです。
 あえて言えば、霊界のエネルギーが受け取れるぐらいの魂にまで成長したなら、
 誰でも自動的にこうした力を発揮することができる、とでも言いましょうか。
 そうなるには、自分のことより他人のことを、当たり前に最優先できる人に
 なること、食べ物とか、自分の行動を自分で律して、欲望を持たず、差別を
 せず、地上のことに振り回されない人になることだと教えられました」

「ふうーん、難しくてよくわかんないけど、俺には死ぬまで無理だということが
 わかったよ。
 こんな自分でも、治療ができるようになったら、たくさんの人の病気を治して
 あげられると思ったけど、実生活を厳しくコントロールしなくちゃいけないん
 だったら、自分には無理だな」

このように、来る人は大なり小なり質問したが、同じ質問を何度されても、聡史は嫌がることなく、いつも気前良く応対した。
中には、聡史と話すだけで元気になるからと言ってやって来る人もいるほどだった。

この頃になると、ブルーテントの前には常に誰かが並んでいて、1日に30人以上になることもあった。
それで、1人15分と決めざるを得なくなったが、聡史は、分け隔てすることなく、誰にでも同じように接した。

受け付けとか、列の整備などは全部Cさんが1人でやってくれる。
時々、列に並んだだけで良くなったと言って、そのまま帰って行く人もいた。
また、お礼として大金を置いていこうとした人がいたが、そういう時は、どこかに寄付をしてくださいと頼んで、金銭は絶対に受け取らない。
受け取るのは、大地の恵みと海藻類だけだ。
それも、Cさんと2人では食べきれないから、おじやを作ってみんなに食べてもらっている。

時々治らないからと言ってゴネる人もいたが、聡史はもうそういうのに惑わされないようになっていた。

「心霊治療」から「霊的治療」に変わって、すでに3年が過ぎていた。

それから更に1年ほどたったある日、場違いとも思えるような女性が聡史のテントを訪れた。

(続く・・・)



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