ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.29 「あるヒーラーの一生・・・ E 再会」


あとで思い返してみると、不思議な縁だと感じる出会いは意外と多い。
Cさんとの出会いがまさしくそれだ。
とても偶然とは思えない。
それはCさんから見ても同じだ。
こうしたことは言葉で説明してわかるものではなく、当人だけが感じるものなのかもしれない。

2人は親子ほどの年の差がありながら意気投合したというか、常に一緒にいてもストレスを感じることがない間柄だ。
お互いに、一緒にいるだけで心が落ち着く。

Cさんにはかつて家族がいた。
奥さんと、娘と息子が1人ずつ。
大手の会社に就職してから奥さんと出会い、子供が生まれ、家族4人で、いつも笑い声が絶えない理想的な家庭だった。

会社では営業に配属され、常にダントツの成績を収め、上からも一目置かれる存在となった。
そして、同期の中で一番早く昇進した。

ところが、人間というのは、会社という後ろ盾のある中で良い業績を出し続けると錯覚に陥ることがある。

  俺がこの会社を支えている、俺が会社を儲けさせている。
  それなのに、会社は俺を正しく評価していない。
  何億と会社を儲けさせているのに、自分の給料は数十万円しかない。
  何という不公平だ。
  もし今の自分の能力をもって起業すれば、相当儲けられるに
  違いない。

そう考えて、Cさんは社内で同じような考えを持つ者を2人集め、互いに技術と情報を持ち寄って起業した。

理想は良かった。
希望に満ち溢れ、3人は会社を大きくするために奮闘した。
しかし、現実はそんなに甘いものではなく、1年もしないうちに業績不振に陥ってしまった。
そうなって初めて、今まで自分たちが良い業績を出していたのは、大会社の名前があったからだということに気が付いたのだ。

3人が出し合ったお金と銀行から借り入れた資金は底をつき、仕入れ先への支払いが滞り、事務所の家賃も滞納せざるを得なくなった。
そうこうしている間に、一緒に起業した他の2人は申し合わせたように行方をくらました。
裏切られた悔しさはあるが、そんなことを考える余裕さえなくなるほど、その後始末が大変だった。
後に残ったCさん1人が奔走して、友人や親戚をかけずりまわったが、みんな、同情して相談には乗ってくれても、資金を調達するところまではいかなかった。
切羽詰まった挙句、消費者金融とヤミ金から一時借りたのが転落の始まりになった。

自己破産することも考えたが、そうすると、子供たちがかわいそうだ。
それで離婚を決意し、妻と子供たちは、妻の実家で預かってもらうことにした。
妻の父親は警察官なので、消費者金融の取り立てに苦しむこともないと考えたのだ。

そして、Cさんは1人で夜逃げをした。

自分の身分を明かせない生活は本当に苦しい。
保険証が作れないし、運転免許証も更新できない。
どこに行っても、何をするにしても、こうした生活をしている人にとっては身分を証明するものがないというのが大きな壁になっている。
そういう面に遭遇するたびに、やはり自己破産して家族全員で再出発した方が良かったかもしれないと考えたりした。

この自問自答を何度繰り返してきただろう。
しかし、やはりこれで良かったのだ、これしかなかったのだと、そのたびに無理やり自分を納得させている。

住み込みで日雇いを3か月やっては他の土地に行って日雇いをやり、また3か月やっては他に行きで、地に足のつかない生活を繰り返してきた。
そうしている間に妻の実家が引越しをしたため、お互いに連絡が取れない状態になってしまった。
頑張っていればそのうち・・・というわずかな希望が断たれたように感じて、ヤケになる日が増えていった。
こうして、Cさんは住所不定のホームレスへと転落して、3年たった時に聡史と出会ったのだ。

聡史とCさんは、時々その当時のことを語り合う。

「あの時、Cさんはどうして僕に声をかけてくれたの?」

「後ろから見たら、息子に似ていたんだよ。
 うれしくってなあ。
 もしかしたらと思って顔を覗き込んでみたら、違ってた。
 だけど、なんだか話がしたくて、思い切って声をかけてみたってわけさ」

「Cさんと出会った時、テント生活を楽しんでいるように見えたよ」

「楽しいなんてことあるものか。
 聡史が自分のところに来てくれたから嬉しかったんだよ。
 あの時、俺は生き返ったんだ」

Cさんのように逃げる生活をしている者が一端ホームレスに身を転じてしまうと、そこから抜け出すことは特に難しい。
誰もが「仕事を選ばなければいいのに」と言うが、そんな簡単なものじゃない。
死に物狂いで頑張っても、何ともならないこともあるのだ。
支援してくれる団体はあるが、それも限りがある。

そんな体験を繰り返してきたCさんだったから、若い聡史を放っておくことができなかったと言う。
自分はここから抜け出ることはできないかもしれないが、若い聡史なら抜け出ることはできる。
そう思うと、ここから押し出してあげたかった。

Cさんは、時々考える。
もし聡史と出会ってなかったら、自分は今頃この世にはいないんじゃないかと。
たとえ生きていたとしても、喜びも希望も何もなく、生きる屍になっていただろうと。

現実に、自分で死ぬことさえできなくて、惰性で生きている人も少なくない。
いつもお腹がすいて、周りからどう見られようと気にもならなくなる。
少しでもお金が入ると酒に手が伸びる。
飲んだくれて寝てしまい、お腹がすいて目を覚ますの繰り返しだ。
最初はそんな生活から頑張って抜け出そうとするが、時が過ぎるにしたがって努力をしなくなっていく。
そうした人は多い。

実は、Cさんは生きる屍になる寸前にいた。
そんな時に聡史と出会ったのだ。
出会って、生きるハリができた。
自分の子供と見間違えたことで一瞬だが喜びを感じ、その聡史が自分のところに転がり込んできたことで、生きる希望が見い出せた。
だから、Cさんにとって聡史は、運命の人となったのだ。

聡史と暮らし始めると、それまでの生活が一変した。
いや、生活ではなくて、気持ちが一変したのだ。
希望をもつことは人間にとって大きな生きる力になることを初めて体験した。
誰かのために自分が動ける喜びは何物にも代えがたいものだったし、何より心が潤ったし、生きている実感が湧いた。

自分が生死を彷徨うほどの病気を治してもらった時、治ったのは偶然だと思った。
でも、いろいろと話を聞いて、その後のヒーリングの様子を見て、そうじゃないことがわかった。

それからCさんは大きな決意をしたと言う。

俺は自分の子供にはオヤジらしいことができなかった。
その代わりに、聡史の父親になって、聡史を一生助けて生きて行こう、と。

そして日が経つにつれ、聡史と一緒にいること自体、何か意味があるんじゃないか、と思うようになって行った。

聡史も同じで、希望も何もかも見失い、もうどうなってもいいやと憔悴しきって、フラフラ歩いていてたどり着いたところでCさんに声をかけられたのだ。
もしあの時Cさんが声をかけてくれなかったら、きっと孤独と不安でおかしくなっていたかもしれない。

お互いに身の上を話すたびに、絆が深くなっていくのを感じた。
家族以上の繋がりを感じるたびに、幸せを感じた。

2人が出会ってから数年が過ぎ去り、その間には本当にいろいろなことがあった。
行政によってブルーテントに住めなくなったのをきっかけにして、聡史はCさんと一緒に古くて安い家を一軒借りることができた。
そこでも、同じくヒーリングを行った。

屋根が付いた家に住んでいるとは言っても、生活自体はそんなに変わっていない。
相変わらずの極貧の生活だ。
変わったといえば、Cさんが発泡スチロールで野菜を作り始めたぐらいのものだ。

この時、聡史は40歳を過ぎ、Cさんは70歳を過ぎていた。
父親も生きていればCさんと同じ、70歳ぐらい。
生きているのか死んでいるのか、あのとき別れたきりだから、消息はわからない。

ある日、聡史とCさんはひなびた温泉に旅行に行くことになった。
治療を受けに来た人が温泉の女将をやっていて、ぜひ来てほしいと何度も言うので、その好意に甘えることにしたのである。

2人にとっては、初めての旅行。
旅館に着くと、仲居さんやら板前さんたちがこぞって出迎えに出てくれた。
その顔ぶれを見て、聡史は1人の男の人と目が合った。

  父さんだ。
  まさか・・・いや、あの人は確かに父さんだ。

女将に聞いてみると、自分の母親の再婚相手だと言う。
名前を聞いたら、やはり、父親だった。
聡史は動揺した。
父親の方も気がついたらしく、聡史と話がしたいと言って来た。

夕食を共にしながら、最初はギクシャクしたが、少しずつ今までの経緯を話してくれた。
聡史が出て行ってから、しばらくは後悔の日々が続いたが、それをきっかけにして頑張って働いて、いつ聡史が戻ってきてもいいようにお金を貯めていたこと。
しかし、寂しさには勝てず、出会った女性と再婚して、今ここにいると言う。

血の繋がりというのは不思議なもので、聡史は今までCさんを父親のように慕ってきたが、実際の父親を目の前にすると、肉親の情が湧き出すのに自分でも驚いた。
父親は一緒に住みたいと言ったが、聡史はCさんと一緒に東京に帰った。
その後、しばらく手紙のやり取りをしたが、安心したのか、間もなく他界してしまった。

それからしばらくして、できれば会いたくない人に出会った。
あの社長と奥さんだ。
週刊誌で居所を知ったのはずいぶん前だったらしいが、なかなか会いに来る勇気が持てなかったと言う。

2人はまず、聡史に謝った。
そして、ゆっくりと話はじめた。
あの時、工場が倒産するきっかけになったB氏のパーキンソン病は、あれから半年後には奇跡的に治ったと言う。
B氏が申し訳なかったと言って、一度は閉めた工場をやり直すようにと資金を出してくれて、再開することができたのだという。
その工場も軌道に乗り、今は息子が跡を継いだということだった。

聡史には、いくら謝っても謝り足りない、申し訳なかった、と言って、2人して泣いた。
しかし聡史は、

「こうなる運命だったんだと思います。
 工場を出なければ、今の僕はありませんでした。
 あの時は辛かったけど、僕には必要な経験だったと思います。
 ですから、謝らないでください。」

それを聞いて、2人はまた涙した。

それよりもっと気になっていたのは、アパートで同室だった先輩のこと。
社長に聞いてみると、一旦は大阪の方に流れたが、工場が再開したことを小耳にはさむと、また戻って来たという。
ところが、3年ほどしたある日、得意先に印刷物を配達して工場に帰る途中、信号無視の車に衝突され、即死したということだった。

先輩は常々、聡史には本当に悪いことをした。
再会したらなんて謝ったらいいか・・・そう言ってはいつも後悔の言葉を言っていたという。
そして、聡史から盗んだお金を返さなければいけないと言って、貯金もしていた。
社長は、その貯金通帳と印鑑を持参していた。
名義を見たら、自分の名前がそこにあった。
先輩は、一時はお金を全額おろしたが、数日後に同じだけの金額を入金していた。
使えなかったのだろう。
その後、毎月少しずつ入金されていて、残高は相当額になっていた。
通帳は先輩の気持ちだから、頂くことにした。
本当に困っている人のために使うためだ。

社長は、せめてもの罪滅ぼしに聡史の生活の面倒を見させてほしいと申し出たが、聡史は断った。
今のままでいい、いや、今のままがいいんだと言って。

社長夫妻は残念がったが、困ったことがあったらいつでも言ってきてほしい。
そう言って、後ろを振り返り振り返り帰って行った。

ある日、Cさんの家族の消息が分かった。
ヒーリングに来た人がCさんの奥さんを知っている人だとわかり、その後の様子を知ることができた。
その人も、人づてに聞いただけなので、細かいことはわからないとのことだった。

元妻は再婚をしたが、10年前に他界したらしい。
子供たちは独立したらしい。
今どこに住んでいるのかは知らないと言う。

幸せに暮らしているならそれでいい。
それだけが自分の願いだったから。
その人が帰った後、Cさんは誰もいないところで、1人声をあげて泣いた。

その後も、聡史はヒーリングを続けていたが、時々、ある考えが頭に浮かんでは消えるようになった。
この日も、その考えが出てきていた。

  僕は、このままヒーリングを続けていくべきだろうか。
  それとも、他に何か仕事があるのだろうか。
  何かが足らないような気がする。
  何だろう・・・

散歩をしながらずっと考えていた。
でも、それ以上の考えは出てこない。

今年の冬はとても寒くて、時々雪が降っている。
ブルーテントにいた頃も雪が降ったことがあった。
降ってしまえばまだいいが、降る前は深々と冷えて、ホームレスには辛い日々だったなあ。
今は小さいが、雨風を凌げる家に住んでいられる。
電話もあるし、ストーブだってある。

  これでいいのかなあ。
  これで良かったのかなあ・・・

そう考えながら、両手をコートに入れたまま、雪が積もったベンチに腰を下ろした。

家では、Cさんが時間を気にしながら待っていた。
「そろそろ、約束のヒーリングに出かける時間なのに、まだ帰ってこない。
 どうしたんだろう」

いつもなら、時間までには帰って来る聡史だが、あまりに遅いので、いつもの散歩道を足早で探しに行った。
そこで、公園のベンチに座っている聡史を見つけた。

「なんだ、こんなところにいたのか。
 おーい、何してんだあ。
 もう出かける時間だぞー」

お祈りに集中しているのだろうか。
呼んでも聞こえないらしい。
近くに行って背中をポンとたたいて、顔を覗き込んだら・・・
聡史の顔は真っ白で、息をしていなかった。

「さ、聡史・・・早過ぎないか・・・
 本当は俺の方が先に逝くはずなのに、逆だよ。」

救急車を呼ぶために急いで家に帰ると、電話が鳴った。

「今日来てもらうことになっていた者ですけど、
 今まで歩けなかったのが、急に歩けるようになりました。
 なので、来て頂かなくてもよさそうです。
 奇跡ですね・・・本当に奇跡です。
 先生にありがとうと伝えて下さい」

「はい、伝えます。 良かったですね」

Cさんは、そう答え、それから救急に電話をして、息を切らしてもう一度聡史のところに走って行った。

「おい、聡史、最後の患者から電話があったぞ。
 治ったって言ってた。  よかったな・・・」

Cさんは聡史からいろいろと話を聞いていたから、「死」というものがどういうものかよくわかっていた。
聡史は、「人は死んでも、その霊はしばらくは地上にいる」と言っていた。
なるほど、体は見えないが、いつも一緒にいる感覚がある。
話しかければ、それに応えてくれているのも感じる。
寂しくないし、悲しくないのが不思議だ。
聡史はまだここにいるんだ。
これは理屈で説明できる感覚ではない。

それから1か月ほどしたある日、誰かがチャイムを鳴らした。
玄関の戸を開けると中年の男女が2人立っていた。

「すまんな、ヒーリングはもうできないんだ」

Cさんがそう言うと、女性の方が、

「お父さん、お父さんよね」

「えっ!?  E子、E子か?」

男性の方も言った。

「父さんだ、やっと会えた!  迎えに来たんだ!」

Cさんは驚いた。
そして天を仰いで言った。

「神様はなんて粋な計らいをしてくださるんだ・・・
 ありがとうございます。
 心から感謝いたします。
 あなた様のお取り計らい、喜んでお受けいたします」

その翌日、Cさんは2人の子供と一緒に暮らすために名古屋に向かった。
名古屋駅では、娘の家族と、息子の家族が温かく出迎えてくれた。

結局は一緒には暮さずに聡史と暮らした家に戻ったが、家族と連絡し合えるということだけで、嬉しかった。

それから1年後、Cさんは誰にも看取られることなく旅立った。
意識が薄れていく中で、

「聡史、お前との人生、最高に面白かったよ。
 ありがとう。
 もうすぐ会えるな。
 向こうでも、また一緒にやろう」

― 完 ―



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