ちょっとスピリチュアルな短編小説 No.21 「疲れた心をリセットする仕事」


美里の隣に住んでいる健ちゃんは1人っ子。
養護学校の小学校四年生だ。
本当だったら美里と同じ学校の同級生になる。
健ちゃんは重度の身体障害児で、やっと自分で立てるようになったばかり。
誰かの介助なしでは一人で歩くことができない。

食事も1人ではできないし、トイレも1人ではできない。
声は出るが言葉が話せないから、うまくコミュニケーションが取れない。
でも、健ちゃんのオバさんは健ちゃんの気持ちがよく分かるらしい。

健ちゃんはテレビが大好きだ。
特に音楽番組とコマーシャルが好きで、リズムのある曲が流れてくると手を叩いて喜ぶ。
オバさんはそれをよく知っているので、できるだけ歌を歌ったり、話しかけてあげている。
健ちゃんはいつもニコニコして、とってもかわいい子だ。

障害だとわかったのは、生まれて半年を過ぎた頃だったという。
半年たっても首が据わらないので検査をしたら、脳に障害があることがわかった。
3歳を過ぎれば手術ができると言われたので、両親は待った。
ところが、3歳になって再検査をしてみたら、手術をしても治らない病気だということがわかった。

両親はあちこちの大病院をいくつも回ったが、どの病院でも今の医学では無理だと言われて諦めざるを得なかった。
そして、それから7年が過ぎて今に至っている。

障害・・・とてもイヤな言葉だ。
障りがある・・・害がある・・・
他に適切な言葉はないのだろうかと、よく思う。

美里は自分の母親から、健ちゃんのご両親の話を聞いていた。
障害が治らないとわかった時は親子3人で死のうと考えたけれど、やっとのことで思いとどまったらしい。

無駄だと分かりながらも、民間療法で良いというものがあれば藁をもすがる思いでやってみたが、どれも功を奏しなかった。
いろいろな宗教の人がやってきて、先祖が悪いことをしたからそういう子が生まれたと言われて、一晩中泣いて明かしたこともあったらしい。
霊能者を頼ってみたらどうかと言われて行ってみたら、子孫の義務として先祖供養しなければいけない、しかし供養するには数百万かかると脅し文句のように言われて逃げ帰ったこともあったとか。

こうしたことは数えればキリがないということだった。
健ちゃんのオジさんとオバさんは、本当に辛い毎日を過ごしたんだなあと思う。
だから、美里は健ちゃんの障害が治ることをいつも祈っていた。

   神様、どうか私の願いを叶えてください。
   健ちゃんの病気を治して下さい・・・

ある日、健ちゃんと遊んでいたら、オバさんが、

  「ちょっと買い物に行って来るから、しばらく健ちゃんと留守番していてね。」

そう言って出かけていった。

オバさんが帰って来るまで、美里はテレビをつけて、健ちゃんとお手玉をして遊ぶことにした。

健ちゃんのオバさんが出かけて少し経った頃、ピンポーンと誰かが来た。
窓からカーテン越しに玄関を見ると、優しそうなお兄さんが立っていた。
出てみると、その人はセールスマンだった。

家の人がいないのを知ると、その兄さんは、「じゃあ、待たせてもらいます」 と言ってズカズカと家の中に上がりこんできた。
美里は驚いて、どうしていいかわからなくて、オロオロするばかりだった。
リビングには健ちゃんがいる。
セールスマンのお兄さんは健ちゃんを見て驚いた様子だったが、ちょっと健ちゃんに話しかけてみた。
すると、健ちゃんはいつものようにニコニコして、手を叩いて喜んだ。

それからお兄さんは部屋の中をジロジロ見て、あれこれ触って物色し始めた。
引き出しの中を見たり、隣の寝室にまで入って、クローゼットを覗いたりした。
すると、健ちゃんは悲しそうな顔をして大粒の涙を流した。
お兄さんはそれを見て、「どうして泣くんだ。 恐いんか」 と聞いた。
健ちゃんの涙が止まらないので、お兄さんは困って歌を歌ってあげた。
そうしたら、健ちゃんがにっこり笑ったので、お兄さんはホッとしたようだ。

美里はその様子を見ていて、ハッと我に返り、

  「そろそろオバさんが帰ってくる時間だけど」、と言ってみた。

お兄さんが慌てて帰ろうとしたとたん、本当にオバさんが帰ってきた。
そして、見知らぬ男が上がりこんでいるのを見て驚いた。

   あのう・・・どなたですか。

すると意外にも、そのセールスマンは素直に言った。

   すみません・・・
   ボクは○○のセールスをしている者ですが・・・今回が初めてなんです。
   あちこち見ただけで、何も盗ってません。
   健ちゃんの笑顔を見ていたら、自分が恥ずかしくなりました・・・
   本当にすみませんでした・・・

そう言って、セールスマンは涙をポロポロこぼしながら頭を下げた。

オバさんはそのセールスマンの少ない言葉から状況を察した。

   いいのよ。 あなたにも何か事情があるのね。

オバさんはそれ以上追求しなかった。
その後、そのお兄さんがどうしたかは分からない。

健ちゃんのオバさんの話によると、こういうことはよくあるそうだ。
ある日のこと、バスに乗っていたら、あきらかに“やくざ”と思われる人が一人乗っていたという。
空いている席はその人の隣だけ。
その人は二人が座れるようにといって、席を譲ってくれたという。
それから、健ちゃんに話しかけてくれて、オバさんとも話しているうちに、最初険しかった顔がだんだん優しい顔になっていったそうだ。
そして、そのやくざの人がバスを降りる時、「ありがとう、心が洗われたよ。 こんな生活はもう終わりにするよ」 と言って、降りた後もずっとバスに向かって手を振ってくれた時は、胸にジーンときたと言っていた。

ある時は、突然雨が降ってきて困っていたら、車に乗せてくれて家まで送ってくれた人がいたという。
車を降りる時にお礼を言うと、その人は、

   実は自殺を考えていて青木ヶ原まで行こうとしていたんです。
   でも、自分が弱いだけだったことに気が付きました。
   自分が辛いからといって、逃げ出すのはよくないですよね。
   自分が逃げ出せば、残された人たちに負担が行きますから。
   これからは現実から逃げずに頑張ってみます。

そう言って、晴れ晴れとした顔をして帰って行ったということもあったそうだ。

他には、万引きを繰り返していた学生が心を改めたこともあったし、嫁いびりをしていた姑の心が変わったことなど、色々あったらしい。

最後にオバさんは言った。

   どうやらこの子には疲れた人の心をリセットする力があるみたい。
   何かあるたびに思うんだけど、この子は誰にもできない神様の仕事を
   してるんじゃないかって。
   そのために生まれてきたとしか思えなくって。
   そう思うと、この子に障害があるのは悪いことじゃなくて、
   すばらしいことのように思えてきたの。
   今オバさんは、この子と一緒にいられるだけで幸せよ。

そう言って優しく微笑んだ。

美里は思った。
健ちゃんは神様の愛を流す人なんだ。
健ちゃんと話すとみんな笑顔になるし、心が穏やかになったり、ピュアになったりする。

美里はその日から神様に、「健ちゃんの障害を治してください」 というお祈りをするのをやめた。
その代わり、「心の病んでいる人を健ちゃんに出会わせてあげてください」 と祈るようになった。



それから、半年が経った。



ある日の夜、外で何やら騒がしい様子。
外に出てみると、救急車が止まっていた。
健ちゃんが風邪を引いていたことは知っていたが、そこから肺炎になったらしい。
救急車に運び込まれた時の健ちゃんはぐったりしていて、顔はいつもより青白く見えた。
サイレンを流しながら去って行く救急車を見ていたら、言うに言われぬ不安が広がった。

美里は必死で祈った。
何が何でも治して欲しいと、必死で祈った。

翌日、健ちゃんのオジさんがウチに来て言った。

  「健がさっき死にました。」

   えっ? うそでしょ。
   この前まであんなにニコニコ笑っていたんだよ。
   みんなの心を温かくしてくれていたんだよ。
   神様の仕事をしていたんだよ。
   そんなことって有りなの?

その日の夜、健ちゃんの遺体が病院から戻ってきた。
肺炎で苦しかっただろうに、健ちゃんの顔はにっこり笑っているみたいだった。

オジさんもオバさんも憔悴しきっていたが、お葬式にみんなが集まる忙しさで気がまぎれているように見えた。
お葬式が終わってから、オバさんがポツポツと話してくれた。

   実はね、健には弟か妹が生まれるはずだったの。
   でも、もしその子も障害だったらと思うと産めなかった。
   もし普通に健康な子だったら、と思うとなおさら産めなかったの。
   だって、健にかかりっきりだと下の子に寂しい思いをさせるかもしれないでしょ。
   その反対に、健康な子ばかり可愛くなって、健のことが重荷に思ってしまうかもしれないし。
   だから、どっちにしても産めなかったの。
   そんな大切な健がいなくなってしまった・・・
   健はいてくれるだけで良かったのに・・・

そう言って、オバさんはハンカチで目頭を押さえた。

それから半年ほどして、健ちゃんのオジさんとオバさんは隣の町に引越して行った。
引越しする時、「この家は健の思い出が詰まりすぎていて辛いから」 と言っていた。

更に4年が経過した頃、おばさんから手紙が届いた。

  「美里ちゃん、元気ですか。
   もうすぐ高校受験ね。
   勉強頑張ってますか。
   近いうちに遊びに行きます。
   びっくりするお知らせがあるのよ。」

びっくりするお知らせって何だろう。

一週間ぐらいして、オジさんとオバさんがやってきた。
玄関に立っている2人の横には、幼稚園ぐらいの男の子がベビーカーに座ってニコニコしている。

   まさか・・・次の子が生まれたのかな。
   でも、どうしてベビーカーに・・・

よくよく話を聞いてみると、養子縁組をした子だというのだ。
心機一転を考えて引越ししたけれど、やはり辛くてなかなか立ち直れなくていたらしい。
近くにある養護施設でボランティアでもすれば気がまぎれるかもしれないと思って始めたら、この子に出会ったという。
どの子も辛い生い立ちを背負っているのだけど、障害があるということで、特にこの子が気になったという。

健ちゃんのオバさんは、

   この子の両親は2人とも施設で育ったらしいの。
   つまり、両親とも家族がない人同士。
   ところが、その両親が交通事故で亡くなってしまって、この子は天涯孤独に
   なってしまったというわけ。
   この子、見かけは普通の子と何も変わりがないけど、健と一緒で障害があるの。
   障害を持った子の親の気持ちは痛いほど良く分かるから、この子の両親は
   どんなにか心残りだったかと思って。
   それで、この子を養子に貰うことにしたの。
   なんだか、健がもう一度私たちの前に来てくれたような気がして仕方がないのよ。

おばさんはそう言って、その子を抱きしめて幸せそうに笑った。

   そうそう、この子も健と同じように疲れた人の心をリセットする力があるみたいなのよ。
   不思議よねえ。

それから何年かして、美里は気がついた。
疲れた心を癒してリセットする力というのは、健ちゃんだけじゃなかったんだってことが。

   健ちゃんと同じ力を、オバさんも持ってるんだ。
   だって、オバさんと一緒にいると、あんなに悩んでいたことがどうでも良くなっちゃうし、
   話を聞いてもらうだけで、心の疲れが吹っ飛んじゃうんだもん。
   思い返してみると、オバさんって、いつも優しかった。
   悩んでいる人がいたら、いつまでも話を聞いてあげるし、困っている人がいたら、
   できる範囲で一生懸命助けてあげてる。
   泣いてる人がいたら、何も言わずにじっと寄り添って、泣き止むまで待っていてくれる。
   そして、オバさんがにっこり微笑むと、その人もくしゃくしゃな顔でにっこり笑うんだもん。
   そうかあ、疲れた心をリセットさせる力は、本当は誰でも持てるのかもしれない。

美里は、優しい心を持っている人とか、人の役に立つことを喜んでできる人というのは、みんな健ちゃんやオバさんのように、神様の力を授かるのかもしれないと思った。
自分のことより他人のことを心配できるような人間に成長したら、きっと神様の力を授けてもらえるに違いない。
美里は、誰か疲れた心を持っている人がいたら、自分もその人の疲れた心をリセットしてあげられる人になりたいと思った。

   今頃、健ちゃんは何してるかなあ。
   きっと、生きてた時より、もっとたくさんの神様の仕事をしてるよね。

美里は大きく背伸びをしてにっこり笑い、それから自転車で学校へ向かった。



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