ちょっとスピリチュアルな短編小説 No.22 「正義感から出た動機」


世の中の人間の大半は、正義感はあっても、それを貫ける人はそんなに多くはない。
正義感を出したばかりに、事件に巻き込まれることも少なくないからだ。
電車内でタバコを吸っていた人に注意したとか、路上でケンカを仲裁しようとして、大けがを負ったりする話が時々報道される。
そういうニュースを見聞きするたびに、余計なおせっかいは大けがの元と思い、他人に迷惑をかけている人を見かけても、見て見ぬフリをする人が増えている。
危険を回避するという意味では、それはそれでいいのかもしれないが。

イサオはどちらかというと人一倍正義感が強い方だ、と自分では思っている。
しかし大半の人と同じで、目の前で明らかに他人に迷惑をかけている人がいるのを見て、あれはいけないと思うだけで、見て見ぬフリをすることがほとんどだ。
それがどういうことか分かっているだけに、何も言えない自分の弱さ、不甲斐なさを感じ、自分で自分に嫌気がさすことがある。
その反面、これでいいんだ、と無理やり自分で自分に言い聞かせている。

イサオには、小学生の頃からとても仲の良い友達がいた。
N彦といって、いつも明るくて、クラスのムードメーカー的存在だったが、曲がったことは許せないという、これまた正義感溢れる子供だった。
それだから、気が合っていたのかもしれない。
家が近いこともあって、学校の行き帰りはほとんど毎日一緒だった。
時々お互いの家に泊まったり、宿題を一緒にやったり、ゲームではよく対戦していた。
イサオはN彦が大好きだった。

ところが、2人が中学2年生になって間がない頃、N彦が事故死した。
学校の近くに10階建てのマンションがあり、そのマンションの屋上から転落したのだ。
警察の話によると、一緒に遊んでいた友人たちの話、マンションの住人たちの証言も含めて、N彦は隣のクラスの友達数人と一緒に遊んでいて、ふざけてフェンスをよじ登り、フェンスの向こう側を歩いていて転落したということだった。

いつも一緒にいたN彦が、自分とは違う友達と遊んでいて事故死!?
イサオは信じられなかった。
N彦と仲の良い友達なら自分も良く知っている。
しかし、その時に一緒にいたという友達というのは、N彦の口から一度も聞いたことがない名前だった。
それでも、転落死したというのは事実。
悲しみと同時に、割り切れない思いが胸の中いっぱいに広がった。

お通夜の日、校長を始め、先生たち、クラスの人たちが焼香をあげるために参列した。
イサオもその中に混じり、焼香を済ませた。
その時に聞いた母親の悲痛な泣き声が、今も耳について離れない。

焼香が終わって帰る時だった。
門から少し離れたところから聞こえてきた話に釘付けになった。

「もしかしたらさあ、N彦はイジメで死んだんじゃないの?」
「バカ、証拠がないんだから、滅多なこと言うんじゃないって母さんが言ってたぜ」
「だけどさあ、アイツらは見かけによらずかなりのワルだっていう評判だぜ。
 やっぱりN彦は苛められていたんじゃないかなあ」

イサオは驚いた。

  単なる転落死じゃない?
  あのN彦が苛められてた?
  N彦は苛められっぱなしでいるほどヤワじゃない。
  もしイジメがあったとしたら、真っ先に自分に相談してくれてるはずだ。

イサオは話しかけてみた。
すると、その子は最初は躊躇していたが、やがて目くばせをして教えてくれた。
その目は、少し離れたところにいる3人の同級生を見ていた。

  あの3人は、N彦が転落した時に、一緒にいたというヤツらだ。

イサオは、翌日N彦の家に行き、両親にそのことを話した。
すると、驚いた両親はその場で警察に電話をし、学校へも行った。

校長が噂の児童を呼び出して聞いてみると、3人からはこんな答えが返ってきた。

「警察の人にも何度も話したけど、ぼ、僕たち、確かにあの時N彦と屋上で遊んでいたけど、
 N彦がふざけてフェンスを登ったんです。
 イジメだなんてとんでもない。
 僕たちは、危ないからやめた方がいいって止めたんですよ。
 なのに、自分で向こう側に下りちゃって・・・
 少し歩いていたら風が吹いてきて、よろけて足がもつれて・・・」

嗚咽が混じり、もう言葉が出てこない。
それ以上聞くのは躊躇(ためら)われた。

イサオもN彦の両親も3人の状態を見て、それ以上は問いただすことはできなかった。
一緒にいた友人が目の前で事故死したことだけでも大きなショックなのに、それをイジメと決め付けて問いただすのは道義心として許されないことだと感じられた。
もしこの子達の言ってることが本当なら・・・
それを思うと、事故死として諦めるしかなかった。

学校側も、警察も、危ない遊びをを注意したのに起きた不慮の事故だから、ということになり、
一緒にいた3人の心に傷が残らないようにという配慮もあって、警察も学校もそれ以上は追求しなかった。

それから1年たち、イサオは中学3年生になった。
N彦のことは誰も口にしなくなり、みんなから忘れ去られているように見えた。

ある日のこと、給食を食べ終わって片付けをしている時のことだった。
イサオは見てはいけないことを見てしまった。
アイツら3人が、体育館の裏で同級生のAを取り囲み、タバコを吸えと強要しているところを目撃してしまったのだ。

それを目撃してからイサオは、あの3人はやっぱりワルなのかもしれない、と思い、遠くから観察し始めた。

観察を始めて数日たった時のことだった。
ヤツらがあのAと一緒に理科室に入って行くところを見た。
イサオは急いで向かい側の校舎に行き、離れたところから理科室を見ることにした。
すると、ヤツらが立っていて、ケースの中からAに何かを取り出させているのが分かった。

その後、Aがうずくまったのを見て、アイツらは理科室を出て行った。

何だかわからないけど、いやな感じがしたので、イサオは理科室に急いで行ってみた。
するとAはまだ理科室にいて、右手で左手を押さえ 「痛い! 痛い!」と言って、半泣きになってうずくまっていた。
床には、希硫酸と書かれたビンが転がっていた。

とりあえず、水道でAの手を洗い、医務室に連れて行き、手当てを受けさせた。
養護の先生は、
「イタズラなんかするからよ。あれが濃硫酸だったら、大火傷になるところよ。」
そう言いながら難しい顔をした。

当然のことながら、養護の先生は校長と担任に報告した。
イサオは見たままのことを話したが、なぜかAは 「自分がふざけてしただけなんだ・・・」そう言うだけだった。
とりあえず話だけでも聞きたいということで、ヤツら3人は校長室に呼び出されが、なぜかすぐに帰された。

イサオはまたしても割り切れない思いでいっぱいになった。
そして、思い切ってヤツらを呼び出して聞いてみることにした。

「おまえら、Aに何をさせたんだ」
「あいつが勝手にやっただけさ。俺らは止めたんだぜ。
 なのにアイツは、硫酸が手にかかったらどうなるのか実験してみたいって言いだして、
 俺らが止めるのを無視して自分の手にかけやがった。
 だけど、かかっても何てことなかったよな。」
「その時は何ともなくても、水分が蒸発すれば濃硫酸と同じになるんだぞ」
「へえー、そうなんだ。 そこまで見届ければよかったなあ」

そう言って、ヤツらはヘラヘラ笑った。

その態度に腹立たしさを感じながらも、Aとあの3人が言ったことが一致している限り、イサオは何も言えなかった。

その夜、イサオはもう一度真偽を確かめたくて、Aの家に行ってみた。
Aはイサオを見て驚いたが、しばらくして自分の部屋へ入れてくれた。

イサオは大好きだったN彦が死んだことを話した。
その時もヤツらが関わっていたこと。
N彦はふざけて危ない遊びなんかするヤツじゃなかったってことを話すと、Aは一度大きく呼吸をしてから、ゆっくり話し始めた。

「アイツら、誰かの弱みを握ると、自分たちは手を出さずに相手に危ないことをやらせるんだ。
 実は・・・ボク・・・日曜日に運動場で一人でサッカーの練習をしていて、
 学校のガラスを割ったことがあったんだ。
 すぐその場で先生か誰かに言えばよかったんだけど、恐くなって逃げちゃったんだ。
 アイツら、それを見ていたもんだから・・・
 その次の日、体育館の裏に呼び出されて、タバコをふかして見せてくれって言われたんだ。
 ボクはタバコなんか吸ったことなかったから“イヤだ”って言ったんだけど、
 吸わないと窓ガラスのことを先生に言うからな、と言われたのと、体育館の裏で吸ったら、
 表から見てバレるかどうか知りたいだけだから、一回だけテストするだけだ、って言ったから。
 一回だけならと思って吸ったけど、すごく恐かった。
 見つからなくて良かったけど。

 硫酸のこともそうで、濃硫酸は手にかけると火傷するけど、希硫酸はどうなのかな、
 って言いだして。
 それで、理科室に連れて行かれて・・・ボクってバカだよな。
 逆らえなかったんだ。
 他にも何人も被害者がいるんだ。 みんな、アイツらのことを恐がってる。
 そ、それに・・・」

Aは、N彦のことを話し始めた。

 「N彦はBの身代わりになったんだ。
  オ、オレ、あのマンションに住んでいて、見ちまったんだ・・・」

身代わりってどういうことなんだ?

 「N彦が死んでしばらくしてから転校していったBを知ってるだろう。
  Bはクラスの女の子の財布から、お金を盗んだんだ。
  それをアイツらに見られてしまって。
  それから、恐喝のようなイジメが始まって、Bは怖くて学校に行けなくなってしまったんだ。
  N彦が心配してBの家に行ったらしくて、その時、苛められていたことを知ったんだと思う。
  それでヤツらに、もうイジメはしないように言いに行ったんだけど、ヤツらは、
  何か面白いことをしてくれたらもうBを苛めないって言ったんだ。
  その面白いことって言うのが、屋上のフェンスの外を歩くことだったんだよ。
  最初はフェンスを握って歩いていたんだけど、ヤツラの一人が手を離して歩いて見せろ、
  って言ったんだ。
  N彦はイヤだって言ったんだけど、それをしないとBへのイジメをやめないって
  言ったもんだから、N彦はフェンスから手を離したんだ。
  そうしたら、急に強い風が吹いてきて・・・」

イサオはそれを聞いて、胸の中が煮えくり返った。

アイツらあ、見てろよ!
あんなヤツら、放っておいたらこれからも続けるに違いない。
大人に言っても無駄だ。
ヤツらの方が一枚上手だから、大人は尻尾さえつかめないに決まってる。

イサオは、ヤツらを公園に呼び出した。
手にはバットを持っている。

 「やっぱりN彦を事故死させたのはお前らだったんだな。
  Bの盗みを見て、それをネタにイジメを繰り返していたんだってな。
  N彦はそれをやめさせようとしたのに。
  お前らの悪ふざけが原因で、一人の人間が死んだんだぞ。
  お前ら、人間としての良心の呵責というものはないのか。」

ヤツらのうち一人が答えた。

 「何をバカなこと言ってるんだ。
  俺らがまるで恐喝か何かしたみたいなこと言うじゃないか。
  イジメなんかしてないよ、なあ。
  金をせびったなら恐喝だけど、俺たちは金のことなんかこれっぽっちも言ってないんだぜ。
  N彦が一人で騒いで、勝手にフェンスの外へ出て、歩き回ったんだ。
  俺たちが悪い分けないよ、なあ。
  あの時は俺らに容疑がかかっちまって、ずいぶん迷惑したんだぜ。
  俺らの方が慰謝料が欲しいぐらいだ。」

イサオは、こいつらには何を話をしても埒(らち)が明かないと思った。
しかし、放っておくことはできない。
放っておけば、また犠牲者が出るに違いない。
警察に話しても、学校に話しても何も変わらない。
それなら、俺がやるしかないじゃないか。
N彦は僕の大切な友達だったんだ!

 「よおし、今からお前らに制裁を加えてやる!!」

そう言ってイサオはまず、バットですぐ近くにあった松の木を思いっきり叩いた。
松の木がガシッ!という鈍い音を立て、バットが当たったところの皮が剥がれた。
それを見て、3人はビビッた。
この3人はワルではあるが、体を張った喧嘩はしたことがなかったからだ。

次にイサオは、バットを3人のうち1人に向け、

  「痛い目に遭いたくなかったら、警察に行って本当のことを話すんだ!
   証人だっているんだ!
   お前らの化けの皮をはがしてやる!!!」

3人は後ずさりしながら、

 「ちょ、ちょっと待てよ。
  俺ら、本当に何にもしてないんだ。
  誰がお前にN彦のことを言ったか知らないが、あの時屋上には俺らの他には誰も
  いなかったんだから、証人なんかいるはずない。」

 「まだそんなこと言ってるのか!
  お前たちがいたら、また被害者が出るに違いない。
  N彦がお前たちにイジメめをやめさせようとした思いを、今はオレが晴らすんだ。」

イサオは、バットを思いっきり振り、一人の左腕を殴った。
バシッ! という音と共に、殴られた一人が、右手で左手を押さえてうずくまった。
他の二人はそれを見ると、殴られた友達を置いて一目散に逃げた。

その時、パトカーがサイレンを鳴らしてやってきた。
続いて、救急車も到着した。
ことの一部始終を見ていた人が通報したのだろう。

イサオは警察に連れて行かれた。
連絡を受けて、校長も担任も、両親もやってきた。

両親は「とんでもないことをしてくれたな」 と言って、青ざめた顔でイスに座った。

2時間ほどして、病院から警察に連絡が入り、殴った相手は命に別状はないし、骨には少しヒビは入ったものの、大したことはないということだった。
それを聞いて、両親も校長も担任も、ホッとしたようだった。

警察官から、なぜバットなんかで殴ったのかと聞かれて、イサオは今までのことを全て話した。
誰もが「まさか」という顔をしたが、証人もいると言うこともあって、後日詳細を確かめるということで帰された。

翌日、3人は警察に呼び出され、いろいろと聞かれ、本当のことを言わざるを得なくなった。
それから、警察がいろいろと調べ、イサオの言うことが本当だったことの裏も取れた。
3人は、今後は絶対にイジメはしないことを警察で約束させられた。
そして、学校でも同じように約束させられた。

N彦の両親はあらためてイサオの家を訪れ、
「真実がわかって、胸のつかえが取れました。 N彦は良い友達を持っていたんですね。」
そう言って、涙ぐみながら帰って行った。

それからしばらくして、担任がイサオに話しておきたいことがある、ということで、家までやってきた。

  お前は正しいことをしたつもりかもしれないが、本当は良くないことだったんだぞ。
  動機は悪くない。
  だから、お前を責める人は一人もいないさ。
  何より、お前の正義感から出たことだからな。
  だけど、動機が正しければ、方法は何でも構わないってわけじゃないんだ。
  アイツは骨にヒビが入っただけですんだが、もし死んだらどうする。
  どんな事情があるにせよ、お前は殺人者になっていたんだぞ。
  いくら動機が正しくても、方法が間違っていたら元も子もないんだからな。
  もう少し方法を吟味すべきだったな。

  実はな、あいつらは、まだ自分たちは悪くないと思ってる。
  ちょっと悪戯しただけだと思っているんだ。
  自分たちがしたことがどんなに悪いことだったのか、まだ自覚していないというのは
  残念なことだ。
  でもな、今は自覚していなくても、生きているうちに必ず気がつく時が来る。
  その時初めて、良心の呵責の思いでいっぱいになって、自分たちがしたことの罪の重さに
  打ちのめされるんだ。
  それでは遅いと思うかもしれないが、人間ってそんなもんなんだ。
  だけど中には、自分が悪いことをしたと気がついても、責任転嫁して、やっぱり自分は
  悪くないと言い張るやつがいるんだ。
  残念だけど、それも事実だ。
  反省して後悔できる人は成長の余地があるが、自分は悪いことをしていないとか、
  いつまでも責任転嫁しているヤツは、救いようがないな。

  しかし、お前の正義感と行動は大したもんだなあ。
  方法は間違ってたけど、その正義感はなくすなよ。
  え? じゃあどうすればよかったのかって?
  根気よく大人を説得すれば良かったんだよ。

担任はそう言って、イサオの背中を軽く叩いた。
イサオはそれを、「次に進め」 とハッパをかけられているように思った。
あのバット事件以来、悶々としていて学校へも行きたくなくなっていたが、この担任の訪問は、イサオに大人になる自覚と、未来への大きな力を与えてくれた。




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