ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.33 「風子の変貌・・・ A 事のあらまし」


夏休みが終わり、2学期になった。
いろいろあったので、風子にとってはとんでもない夏休みになってしまった。
当然だが、宿題は一つもしていない。
教師たちは、風子に起きたことなど何も知らなかったから、理由も聞かずに全員の前で強く叱責した。
この時のことは私もよく覚えている。

いくつかある宿題のうち、一つだけできなかったとか、半分ぐらいはやってある、と言うのならわかるけれど、どれもこれも全くやってなかったのにはいささか驚いたからだ。
それに、宿題を出した先生が代わる代わる怒っていたから、ちょっと可哀想かなとも思ったけれど、丸々やってこないというのはズルい、と当時は思った。

で、当の本人はと言うと、叱責されているのにプイと横を向いて、謝るどころか、教師と目を合わそうとさえしない。
その雰囲気はとても重く、周りに不協和音を醸し出した。

宿題に関する一連の様子を聞いた担任が、風子本人に理由を聞いたらしいが、言えるわけがない。
各教科の教師は、一週間以内に夏休みの宿題をしてくるように強制したが、風子はそれもしなかった。

それどころか、服装が乱れ始め、見るからに不良になっていった。
授業中はガムを噛むし、教師の話を聞かずに寝ていることも多くなった。
当たり前のことだが、成績はガタ落ち。
不良グル―プに誘われて、万引きやシンナーは毎度のようにやっていたという。

その頃、祖父は風子の気持ちがわかるだけに、あえて何も言わなかったという。
祖父からすると、風子が不憫でならなかったのだろう。

どんどん不良化していく風子だったから、それまで友達だった人は関わりを恐れ、クラスで孤立していった。
その中で、変わらず友達でいたのが美緒だった。
忘れ物があれば貸してやり、暗い顔をしていれば明るく話しかけてくれたから、風子にとって大切だけれど、ちょっとウザったい存在だったという。

美緒は、風子が不良グループに誘われた時に限って、「ねえ、たまには映画でも見に行こうよ」 「あそこのケーキ、美味しいんだって、一緒に買いに行こう」 「今日は一緒に宿題やろうよ」と誘って来たらしい。
しかし、その頃は美緒の気持ちがわかっていながらも、美緒よりも不良仲間との付き合いを優先していたという。

ここまで話を聞いて、疑問に思ったことを聞いてみた。

  「どうして美緒より3年生を大切にしたの?」
  「相手は3年生だったから、言うことを聞かなくちゃいけなかったし、
   美緒だって他の子と同じように、絶対に私から離れて行くって
   思ってたから。」

教師たちは、最初の頃は風子を正座をさせて説教したり、呼び出してビンタもしていたらしいが、しだいにお手上げ状態となった。
今でこそ、学校では教師の暴力はご法度だが、当時は生徒を指導するための暴力は公然と繰り返されていた。
しかし、教師たちが暴力で指導すればするほど風子は反発し、校内暴力にまで発展した。

教師に殴られれば殴り返す、蹴飛ばされれば蹴飛ばし返す。
更には、校長室で説教された時は、写真や飾り物を壊したり、職員室ではバットで窓ガラスを割ったこともあったという。

一方的に叱れば反発して何をしでかすかわからない。
叱らなければ、とりあえず暴力は振るわないから、教師たちは『さわらぬ神に障りなし』を決め込んだようだ。
それで、誰も何も言わなくなり、やがて教師からも無視される存在になって行った。

その中で、たった一人だが、定年間近の社会の教師がいつも風子に話しかけてきたという。

 「お前なあ、いつまでも甘えてんじゃねえぞ。
  もちっと、勉強しておけ。
  でないと、後で損をしたって思うぞ。
  勉強しなくても生きて行けるけど、知識は邪魔になるもんじゃない。
  いつか、必ずお前の役に立ってくれるぞ」

そう言って、笑って頭に手を置いて言ってくれたという。
「うっせえな、じじい」
とその手を払いのけはしたものの、内心は嬉しかったという。

その後も、何かにつけて笑顔で話しかけて頭を撫でてくれるのが嬉しくて、なぜかこの先生の授業だけはしっかり聞いていた、し、楽しかった、と風子は笑いながら言った。

風子にとって、唯一心を許せた社会の教師は、この年で退職した。

        ☆     ☆     ☆

冬休みが終わり、1年生の3学期の話になった。
あの時のことは誰の脳裏にも焼き付いている。
特に、風子にとっては忘れようにも忘れられることではないし、思い出し始めると体が震えるという。

私はというと、もちろんしっかり覚えているが、自分自身が直接かかわったことではないから、冷たいようだけれど、はるか昔の出来事のようにも感じている。

その日は、冬にしては風もなく穏やかな日だった。
滅多に教室にはいない風子なのに、この日の昼休みの時間は、2階の窓から運動場を眺めていた。
その時、何かが上から降ってきて目の前を通り、下に落ちるのを見たという。

何が落ちたのかと思って下を見ると、女子生徒が倒れていた。
「誰かが落ちた!? あの髪型は・・・ま、まさか!」
風子は教室を飛び出し、階段を転げるように駆け下りた。
そして、落ちた女子生徒の近くに行って見ると、やはり美緒だった。
校舎のあちこちからキャー! という叫び声が飛び交ったが、風子の耳には何一つ聞こえなかったという。

風子は美緒の体を揺さぶりながら何度も名前を叫んだが、体はピクリとも動かない。
教師に制止されても、美緒の名前を呼び続けた。

しばらくしてパトカーと救急車が到着し、美緒は運ばれて行った。
風子は一緒に行くと泣き叫んだが、目の前で扉が閉められてしまった。
あとで、ほとんど即死状態だったと聞かされ、愕然としたという。

警察も学校も、美緒の転落死は不慮の事故だとしたが、学校内では自殺だという噂が広がった。
警察と校長がお母さんに、自殺の前兆があったかどうかを聞いてみたら、「家では明るくて良い子だったから、心当たりはないんです。 でも、虐めはあったようです」、と言って泣くばかりだったという。

葬式が終わってから、美緒のお母さんが風子に一冊のノートをそっと渡した。

  「警察に渡そうかどうしようか迷ったけど、結局渡さなかったノート
   なの。
   最初のページに、風子には絶対に見せないように、って書いて
   あるから、見せない方がいいかも知れないけど、美緒の思いを
   知ってほしいから、見せることに決めたの。
   怒らずに読んでね」

風子は頷いて、その場でノートを開いた。
中には殴り書きのように、2ページ分ぐらい書かれていたが、風子にとっては驚くことばかりが記されていた。

美緒は、風子が付き合っていた3年の不良仲間から苛められていたばかりでなく、恐喝までされていた。

――アイツらに、明らかに盗品だとわかるものを高く売りつけられた。
   買わなければ、風子に買わせると言われたから、しぶしぶ買うこと
   にした。
――今日、階段を下りている時、後ろから誰かに背中を押されて転げ
   落ちた。
   上を見ると、アイツらが笑って見ていた。
――裏庭に呼び出されて、煙草を買って来いと言われた。
   それも、2時間目の後に。
――自分たちは目をつけられているから、代わりにシンナーを買って
   来い、と強要された。
   シンナーは風子もやるから、風子を守りたかったら買って来い、
   と言われ、しぶしぶ買いに行った。
――ゲーム代を出せと言われた。
   お金を出さないと風子を痛めつけてやる、風子に言いつけたら
   お前はどうなるかわからない、と言われた。

そんなことがいろいろ書いてあった。
他には、トイレに閉じ込められたこと、万引きの見張りをやれと言われたことなども書いてあった。
しかし、

――風子は自分の大切な友達だから、あんたたちこそ風子を解放して
   あげて。
――あんた達がいなければ、風子は悪いことなんか覚えなかった。
   風子を私に反して。

と詰め寄ったことも書いてあった。

風子は頭に血が上り、体中が煮えたぎり、読み終わると同時にノートを手にして学校に走って帰った。

不良仲間は当時卒業を控えた3年生。
どこの中学でも、先輩には絶対服従、というところがある。
しかし、風子はその3年生たちを屋上に呼び出し、ノートに書かれているのは本当かどうかを問い正した。

  「 くっくっく、美緒って言ったっけ、アイツ、死んじゃったね。
   可哀想に、風子の肩ばかり持つから気に食わなかったんだよなー。
   アイツさあ、お前の名前を出したらパシリでも何でもしたんだぜ。
   金ヅルだったから大切にしてやってたのに、もう言うこと聞かない、
   風子を解放しろ、なんて言い出しやがってさ。
   うちらが何を強要したんだよ、って言ってみんなで詰め寄ったら、
   後ずさりして、ちょっと肩に手をかけたら落っこっちまったのさ。
   ウチらが突き落としたんじゃないからね。
   アイツが自分で落ちたんだよ。
   命を粗末にするなんて、バカなヤツだ。」

そう言ってケラケラ笑った。
その様子を見て、風子は頭に血が昇り、その3年生に飛びかかった。
するとその時、背中に急に熱いものを感じ、立っていられなくなってしゃがみこんでしまった。
そして、意識を失った。

気が付いた時は、病院のベッドにうつぶせで寝かせられていた。
祖父の話によると、仲間の一人が後ろからナイフで刺したという。
あんな奴らとツルんでいたなんて・・・ただただ自分が情けなかった。
自分が祖父や両親に反発し、教師に反発してめちゃくちゃな生活をしていたのに、美緒だけは変わらずにいてくれた。

そんな美緒を死なせてしまったのは、自分だ。
そう思うと、こんな自分、生きる価値なんてないんじゃないか、自分が死ねばよかったんだ。

そんなことばかりが頭の中をぐるぐる回り、胸が痛くて涙が次から次へと溢れ、枕がぐっしょり濡れた。

祖父が言うには、刺された傷は神経までは行ってなかったので、2週間で退院できるということ、致命傷ではなかったので、自分を刺した子は保護観察処分で済んだ、ということなどを話してくれた。

入院していた時、美緒の両親がお見舞いに来てくれた。

  「風子ちゃん、ごめんね。
   どうしてノートを見せてはいけないか、美緒は風子ちゃんの性格を
   よく知っていて、風子ちゃんがノートを読めば、きっと復讐する
   とわかってたのね。
   私があのノートを見せなければこんなことにはならなかった。
   本当にごめん、ごめんね。
   美緒に何て謝ったらいいか・・・」

そう言って泣きながら謝ってくれたという。

  「ううん、おばさん、私のせいなんだ。」

風子はそれだけ言うのが精いっぱいだった。

自分にとって大切だった人が、自分のせいで目の前からいなくなってしまった。
昨日まで笑って話していたのに、その笑顔はどこを探しても、もう見つけることはできない。

  「失なって初めてその大切さに気が付くなんて、私ってバカだよ!
   本当に最低だよ!!」

そう言って、また涙に暮れた。

     ☆     ☆     ☆

一連の事件があってから、風子は大人しくなったように見えた。
しかし、一度貼られたレッテルはそんなにすぐには剥がしてもらえない。
風子自身も大きく傷つき、後悔してもしきれないほどの傷を負ってしまった。

学校にいること自体が苦しくて、2年生になると風子は転校して行った。
そして、私の記憶の中から風子はだんだんと消えて行った。

(つづく)



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