ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.33 「風子の変貌・・・ @ 生い立ち」


あなたには、自分の人生のキーポイントとなる人がいるだろうか。
私には一人いる。
その人は小中学校の時のクラスメイトで、名前は風子。
彼女はかなり波乱万丈の人生を送ってきた人で、私自身、その波乱に満ちた人生に振り回されてきたと言っても過言ではない。
しかし、今になってみると、それはそれで面白かったと思えるし、今では心から感謝している。
もし、彼女の存在がなかったら、私の人生は平凡すぎるぐらい平凡で、無味乾燥としたものになっていたに違いない。
そう思うと、風子にはいくら感謝しても感謝しきれない。

私たちは、いわゆる団塊の世代。
世間ではカッコイイ言葉でシニアと呼んでいるが、いわゆる初老の年代に入る。
考えてみれば、あと数年で前期高齢者の仲間になるが、気だけは若く保っているつもりだ。
これは、日本の高度成長期を担ってきた団塊の世代の人たちの特徴かもしれない。

風子とは、今でこそお互いに何でも話せるが、以前はそうではなかった。
同じ小中学に行っていたが、それほど仲が良かったわけじゃない。
食わず嫌いとでもいうのだろうか、なぜか理由もなく寄り付きたくないタイプだった。
しかし、自分とは全く違うタイプだからだと思うが、気になる存在ではあった。
私は人とは争いたくないタイプだし、見た目も地味だから、何をやっても目立たない。
しかし、風子は見た目も行動も、何もかも目立つ存在だった。

そんな彼女と45年前、私たちが20歳の時に再会した。
私は高校を卒業してすぐに保険会社に就職したのだが、2年も経つと何とか仕事にも慣れ、顧客も少しずつ増えて、自分で言うのもなんだが、順風満帆に進んでいた。

ある日、顧客を増やすために後輩を連れて、1軒1軒戸別訪問していた。
こじんまりとしたお宅のチャイムを鳴らすと、ずいぶん派手な若い女性が出てきた。
その人は、「あら? もしかしたら、悠美じゃない?」 「え?」 「私よ、わたし。 風子よ」といった再会になった。

私にとって彼女は印象深い存在だったけれど、話したことはほとんどなかったので、彼女が私のことを覚えていたなんて思いもよらなかった。
でも、正直うれしかった。

風子はすでに結婚してから数年たってはいたが、新婚のような幸せいっぱいの顔をしていた。
この時は仕事で後輩を連れていたので、日を改めて彼女の家を訪問することにした。

それから数日たった日曜日に再訪問した。
学生の頃は話すこともなかったが、こうして会ってみると、不思議なもので、食わず嫌いのバリアはなくなっていた。
あのバリアはなんだったのだろう、と思うほどに。

中学1年の1学期までは、とにかく風子は明るくて面白い子だった。
ところが、同じ年の夏休みを過ぎた頃から急に荒れ始めた。
先生の言うことは聞かない、遅刻に早退は当たり前、万引き、シンナー、タバコ、校内暴力、これだけ並べても自分には全く縁がなかったことだけに、なぜそうなっていったのか想像すらつかない。
私は一度だけ、彼女に財布を安く買わないかと言われたことがあるが、父親から誕生プレゼントで新しいのをもらったばかりだったので断った。
ところが、後でそれが盗品だったと知って、驚いた。
どうやら万引きしたのをクラスで売りさばいていたようだ。
それまでは挨拶ぐらいはしていたが、それを知ってから、一切関わりたくない人になってしまった。

そんな風子だったから、それまで仲の良かった子でさえ、付き合いきれずに離れて行った。
ところが一人だけ、変わらずに風子と友達を続けていた子、美緒がいた。
彼女はとても真面目で優しく、強い子だった。
少なくとも、私の目にはそう映っていた。

1年の3学期のある日の昼休み、ファッション雑誌を見ながら友達とワイワイ話をしていたその時、あちこちからキャー! という悲鳴が聞こえて来た。
何が起きたのかと思って窓に駆け寄って下を見ると、女子生徒が倒れていて、風子が体をゆすりながら叫ぶように美緒の名前を呼び続けていた。
ま、まさか倒れている女子生徒は美緒 !?
いったい何が起きたのだろう。
風子は教師たちに制止されたにもかかわらず、振り切るようにして泣き叫んでいた。
私はわけもわからず体がブルブル震え、その様子を2階の教室から見ていたのを思い出した。

しばらくするとパトカーと救急車が到着し、美緒は運ばれて行った。
友だちの話によると、屋上から飛び降りたらしい、ということだった。
飛び降りた? それって自殺? それとも事故?
その時は誰にもわからなかった。

数日して葬式が行われたが、その葬式の後、別の事件が起きた。
風子が3年生の女子に背中を刺されて、病院に搬送されたという。
何が原因で起きたのか、真相を知る人は私の周りには誰もいなかった。
当時は生徒たちへの影響を懸念してか、学校側は今ほど詳しい説明をしなかったのだ。
それだけに、みんな勝手な憶測をして、興味本位な噂がどんどんと広まっていった。
私は子供心に、人の噂というのは何て恐ろしいのかと思うほどだった。

            ☆     ☆     ☆

風子と再会した時は、ちょうど夕食の準備をしていたとかで、エプロン姿が妙にまぶしく見えた。
中学の時の彼女には不良と言うイメージがあっただけに、まじめに結婚していたことが余計に驚きを倍増させたのかもしれない。
夏ということもあって、下着が透けて見えるほどの薄手のTシャツにジーンズの短パン、髪は金色に染め、ポニーテールに大きなリボン。
以前と変わらぬ派手な雰囲気はそのままだった。

結婚した相手はトビ職をしているということで、それを聞いて、なるほど、風子らしいかも、と納得した。

お茶を飲みながら、小中学時代の話で盛り上がった。
といっても、話すのはほとんどが風子で、私は聞き役。

風子は、自分がなぜ中1の時に変わってしまったのか、という話から始めた。
ひと言で言うなら、今まで両親だと思っていた人が本当の両親ではないことがわかり、それによってモヤモヤが爆発してしまったからだと言う。

両親だと思っていた人は、実の父親の従兄妹夫婦で、実際には風子は祖父に育てられていた。
幼稚園、小学校の時は、祖父が入退院を繰り返していたために、親戚をたらい回しにされ、その時に虐待されたこともあったらしい。
自分には両親がいて兄弟もいるのに、どうして自分だけが親戚中をたらい回しにされるのか、どうして祖父の家に戻されるのか、子供なりに疑問に思っていて、それがわかったのが、中学1年の1学期の終わりごろだったという。
何で戸籍謄本が必要になったのかは忘れたが、とにかく学校で必要だからと言われて役所に取りに行った。
その謄本を見ると、そこには両親だと思っていた人の名前がなくて、別の人の名前が書かれていた。
それも、母親の名前のところには×の印。
よく見ると、死亡日が自分の誕生日になっている。
慌てて祖父にその理由を聞きに行くと、観念したように、重い口を開いてくれた。

 「お前が親だと思っている人は、俺の兄貴の息子夫婦なんだ。
  お前のお母さんはお前を産むとすぐに亡くなり、お前のお父さんは、
  男手ひとつでお前を育てていく決心をつけたんだ。
  でもなあ、お父さんは生身の男だったんだなあ。
  好きな人ができて、駆け落ちしてしまったんだ。
  お前が3歳の頃だ。
  一番かわいい盛りのお前を捨てて女に走るなんて、
  よっぽど精神的に参っていたんだろうなあ。
  捜索願も出したが、生きているのか死んでいるのかさえ分からん。
  俺も病気がちだから、甥っ子にお前のことを頼んだんだが、
  お前を引き取るのを渋ってなあ・・・
  それで、名目だけ両親になってもらって、オレがお前を育てること
  にしたんだ。
  だけどお前も知ってのとおり、俺は体が弱いだろう。
  だから入院した時は、仕方なくその時その時に預かってくれる
  親戚に頼むしかなかったんだ。
  今まで、黙っていて悪かった。」

風子はそれを聞いて、何を言われているのか、咄嗟に判断が付かなかったという。
大人になってから聞いたのなら割り切ることもできただろうが、中学生になったばかりの風子は、自分の気持ちを整理することすらできなかった。
今まで、お父さん、お母さん、と呼んでいた人が本当の両親ではなかった。
妹と弟は両親と暮らしているのに、どうして自分だけがお爺ちゃんと一緒に住んでいるのか、両親はどうして自分に優しくしてくれないのか、その疑問がやっと解けた。
自分は本当の子供ではなかったからだ。

それが分かったからと言って、気持ちの整理がつくわけではない。
当然のことながら、しだいに気持ちが荒れていった。
もう、誰も信じられない。
みんなで自分を騙していたんだ。
親がいないんだったら、高校に行っても無駄だ、勉強したって何になる。
友達はみんないいよな、本当の親なんだから。
自分は、父親に捨てられ、両親だと思っていた人には、子供として可愛がられたことがない。
自分なんて、いてもいなくても、どっちでもいい存在なんだ。
むしろ、自分は邪魔者じゃないか。
どうして生まれて来たんだろう。
生まれて来たことに何の価値があるんだろう。
いくら頑張ったって、喜んでくれる人は誰もいないじゃないか。

そうした考えが頭の中でぐるぐる回り、考えが深みにはまるにつれて、今まで我慢していた寂しさが体中から噴き出した。
自分は親から嫌われているから、一緒に住まわせてもらえないと思っていた。
一緒に住むためには良い子にならなくっちゃと思って、勉強も何もかも頑張っていたのに、全部が足元から崩れて、何もかもが真っ暗になってしまった。

風子は着の身着のまま祖父の家を飛び出し、どこをどう歩いたのか、気が付いた時は警察に保護されていた。
保護した警察官が言うには、フラフラと夢遊病者のように歩いていたので、薬物中毒だと思ったという。
祖父が迎えに来たのでとりあえず家に戻ったが、それからの記憶もあまりないらしい。

記憶が明確になって来たのは夏休みに入ってからだというが、何かにつけてイライラし、理由もなく祖父を殴りたい衝動に駆られたと言う。
祖父は誰よりも自分を大切に育ててくれた人だ。
それなのに、今の自分はその祖父を殺してしまうかもしれない、自分は頭が変になってしまったのだろうか、どうしたらいいんだろう・・・
そう考えながら友人の家にでも行こうと思って歩いていたら、途中でバイクに乗っている男の子に声を掛けられ、そのまま後ろに乗っかり、行けるとこまで乗せてもらった。

とりあえず、その時はモヤモヤが吹き飛んだ。
そうしたことがきっかけで関係が始まり、祖父のところへは帰らずにその男性のアパートにそのまま転がり込んだ。
考えてみれば、まだ中学1年生。
うまく行くはずがない。
おまけに相性が合わなくて、いつも喧嘩ばかり。

結局、夏休みが終わる頃には祖父の家に戻ったと言う。
身体がまだしっかりできていなかったので、妊娠しなかったのが不幸中の幸いだったのかもしれない。

私はここまで聞いて、呆然としてしまった。
言葉がないと言うのはこういうことなのか。

そして、そのあと、風子の話は、美緒の転落死、風子が刺されたことへと進んで行く。

(つづく)



密かな楽しみ」へもどる ま〜ぶるさんの小説」へ 閉じる 風子の変貌・・・ A 事のあらまし」へすすむ

霊的故郷