ちょっとスピリチュアルな短編小説 No.19 「霊的成長グラフ」


出先での仕事がいつもより早く終わり、美羽は会社に帰るところだ。
でも、こんなに天気の良い日にさっさと会社に戻るのはもったいない。
そう思って、美羽は運動を兼ねて、ちょっと遠回りして、歩いて帰ることにした。
歩きながら、友人のS枝と飲みに行った時のことを思い出していた。

S枝は学生時代の友人で、何でも話せる間柄だ。
あの日も、ゆっくり話がしたいからと誘われて、二人だけで飲みに行った。
学生時代の友人と会うと、だいたいは当時の感覚に戻って話が弾む。
そして、話の内容は先生の話だったり、彼氏の話だったり、楽しかったこと、ムカついたことなど、話が途切れることなくどんどん広がる。
しかし、意外にもS枝はそういう友達ではない。
学生当時からそうだったが、S枝と会うと、必ずといっていいほど真面目な話になるのだった。

あの日、S枝が持ち出した話は、親鸞の書いた「歎異抄」の中にある「悪人正機説」だった。
冒頭に「善人なをもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という言葉がある有名な書だ。
S枝が言うには、「これの意味はね、善人が極楽に行けるなら、悪人は当たり前のように極楽に行ける、ってことなんだって」 と説明してくれた。

   それって、変じゃない?
   悪人が極楽に行けるなら、善人ならなおさら極楽に行ける、
   っていう感じがするんだけど。

S枝は、続けて言った。

   普通はそう思うよね。
   私も最初そう思ったけど、どうやらそうじゃないらしいの。
   悪人というのは、自分は善い人間じゃない、自分の心は汚れている、
   っていうふうに自分のことを嘆いている人のことで、
   善人というのは、自分の中の悪に気づかず、自分は他人より善い人間だと
   自惚れている人のことを言うんだって。
   だから自分の傲慢さに気づかず、自分で自分を過大評価して人を見下している人が
   極楽に行けるなら、自分を良くしたいと努力している人が極楽に行くのは当たり前、
   ってことなんだって。
   これって、なんだか逆発想で面白くない?

美羽は驚いた。
今までもS枝から真理の話は聞いていたが、今日ほど胸に響いたことはなかった。
美羽は、自分はそんなに出来の良い人間だとは思っていない。
しかし、悪い人間だとも思っていない。
いや、悪い部分に気がついていないだけで、もしかしたらすごく罪な部分を持っているのかもしれない。
そんな思いにかられた。

S枝は続けて話した。

   聖書の中にも似たようなことが書いてあるのよ。
   「心の貧しい人は幸せです。天国は彼らのものです」ってあるの。
   普通、心の貧しい人は、心がいじけているとか、心が狭いとか、そんなふうに
   使うでしょ。
   でも聖書で「心の貧しい者」のというのは、妬みとか嫉妬とか憎しみとか、
   そうした醜い心を持っていない純真な人のことを言うんだって。

そして、こう付け加えた。

   真理に宗教の壁なんてないのよ。
   正しいことは、どの宗教でも同じことを言ってる。
   でもね、こういう話をすると、納得する人もいれば、また宗教の話しか、と言って
   バカにする人もいるわ。
   納得するのって、人生経験とか、頭の良し悪しなんてあまり関係ないみたい。
   これって、霊性の問題なのよねえ。

美羽はS枝の話をつまらないと思ったことはない。
それどころか、ずっと聞いていたいと思ってる。
聞いていると、心の隙間が埋められるというか、充実した気持ちになるのだ。

   あの親鸞の話は良かったなあ。
   今までいろいろ聞いてきたけど、いつもとは違った感覚だった。
   自分が理解できて感動したのだから、他の人も感動するかな。

以前はただS枝の話を聞くだけだったが、あの日はなぜだか誰かに話したい衝動に駆られた。
まず父親に話してみたら、思いっきりバカにされた。
母親は、「なかなか面白い発想ね」と言って終わってしまい、何だか肩透かしを食らったような感じだった。

   これって、どういうことなんだろう。
   娘の私が感動しているのに、人生の経験者の両親が興味を示さないなんて。
   S枝のように、若いのに真理を求めている人もいれば、父母のように全く興味を
   示さない人もいる。
   この差って何だろう。
   単に頭の良し悪しの違いだけではないような気がする。
   これがS枝の言っていた霊性の問題というものなんだろうか。

そんなことを考えながら歩いていたら、広々とした公園があったので、そこで一休みすることにした。
背伸びをして思いっきり深呼吸をしたらとても気持ちがよくて、しばらくベンチに座ってその雰囲気を楽しむことにした。

すると、向こうの方にチラチラ光るものが見え、それがこちらの方に近づいて来るように見えた。
きれいだなあと思って見ていると、その光がふっと消えた。
と同時に、すぐそばに一人の女の人が立っているのに気がついた。

   あなたの疑問を解きに連れてってあげる。

彼女が美羽の手を握った瞬間、美羽は一瞬だが意識が遠くなったように感じた。
しかし、その後すぐに目の前が明るくなった。
気がつくと、そこは全くの別世界だった。

回りを見渡したら、さっきの女性がすぐ横に立っているのに気がついた。
不思議と、どうして自分はここにいるのか、この女の人は誰なのか、そんなことさえ考える必要がないぐらい今の状態が自然に感じられた。
それどころか、その女性にとても親近感を感じ、ずっと前から知っていたような、そんな感じさえした。

その女性が美羽に言った。

   さあ、行きましょう。
   あなたに見せたいものがあるのです。

そう言ったかと思うと、二人はすでにどこかの建物の中にいた。
ぐるっと見渡してみると、どうやら図書館らしい。
天井がかなり高いのに、その天井ギリギリのところまで本がぎっしり並べられている。
こんなすごい図書館は初めてだ。
それにしても、ここで何を見せてくれると言うんだろう。

女性は一冊の本をスクリーンにして見せてくれた。
そこには自分の経歴が書いてあった。

   どうして私の経歴が・・・
   誕生は・・・600年前にフランスで男として生まれた?
   な、何これ?

更に見ていくと、中国、イタリア、インド、ドイツ、中国、日本、イギリス、日本。

   えっ? これだけ生まれたり死んだりしたってこと?
   このラインは何かしら。
   霊的成長グラフ? ・・・ って何?



その女性の説明によると、美羽が人間としてこの地上に誕生してから今までの霊的成長グラフだそうだ。

   霊的成長レベルはゼロから出発して、フランスではほとんど成長してないのね。
   そのフランスで死んだ時の魂の成長レベルが、次の中国での人生の出発レベルに
   なっていて、中国で死んだ時のレベルがイタリアで生まれた時の出発になってる。
   成長ラインって、フランスから始まって、今までずっと繋がってる。
   ずっと上がり続けていて、下がってはいないわ。
   へえ〜、私ってこんなふうに成長してきたんだ。
   最初の頃はあまり成長してなかったけど、後になるにつれて成長度が上がってる。

グラフを見ているうちに、いろいろと思い出してきた。
フランスにいた時は、商人の息子として生まれ、回りが貧しいのに、戦争で大儲けをして贅沢三昧に暮らしていた。
イタリアでは容姿端麗な女性として生まれ、次から次へと男を替えて奔放な生き方をしたので、自業自得的な悪い死に方をした。
ドイツの時も商人の家に生まれて、最初は贅沢に暮らしていたけど、晩年は一文無しになって、家族からも見放された揚句に他界した。
中国では身体に障害を持って生まれたために、見世物として売られ、回りからいつも同情とか哀れみの目で見られ続け、辛い人生を送った。

   そうか、イタリアでは悪い生き方をしていたから、その穴埋めをするために
   次のインドでは不自由な人生を歩まされたんだったわ。
   でも、その分成長してる。
   ドイツでの生き方は最悪だったわ。
   やりたい放題の生き方をしたからいけなかったのね。
   嫌なこととか苦しいことは全部回避したから晩年にツケが全部回ってきたけど、
   それだけでツケを払い切れなかったから、中国で悲惨な一生を過ごさなければ
   いけなかったんだわ。
   でも、おもしろいことに、悲惨な人生だったけど成長してる。
   そして、日本へは2回生まれてる。
   前回生きていたのは幕末で、確か、病気の人たちの介護をしているうちに
   流行り病にかかってあっけなく逝っちゃった。
   短い生涯だったけど、他人のために一生懸命生きることができたから、充実してたわ。
   そういえば、イギリスで生きてた時にキリスト教で目覚めたんだ。
   あの時に私は霊性が開花したんだわ。
   今世ではまだちゃんとした真理に出会ってはいないけど、とりあえず真理に惹かれる
   ということは、すでに開花していたからだったのね。
   だけど、今までの人生って、私が体験したことなんだけど、私じゃない。
   別の私ばかり。
   ん〜〜〜〜.、でも私なのよね。

   あ、思い出した!
   今回の人生は、真理をもっと勉強して、しっかり実行するために選んで生まれて
   きたんだった。
   今はまだ漠然としてるけど、もう少ししたら、もっと意識がクリアになって、
   霊的真理もどんどん理解できるようになるんだ。
   そうかあ、頑張らなくっちゃ。

   あら? お母さんのことも書いてある。
   ええっ!? お母さんと私は姉妹だったことがあるし、私が母親だったこともあるんだ。
   ふうーん、二人の関係はいつも女どうしなのね。
   さて、お父さんはと・・・おや、意外!
   お父さんは今回がまだ5回目の再生なんだ。
   だから、真理には全く興味を示さないのね。
   お母さんの誕生は私より早いのに、再生回数は私の方が多いのは面白いわ。
   お父さんは私よりずっと後に誕生したから、再生回数が少ないのね。
   あー、何だか頭がこんがらがって来ちゃった。

   そうそう、お父さんが真理に興味をもてないのはまだ霊性が開花してないからなんだわ。
   うーん、お母さんもまだ開花してないみたい。
   だからお母さんも何の反応もしなかったわけだ。
   今世では私は二人の子供だけど、霊的に見たら、私の方が成長してるってわけか。
   何て面白い!
   そんなことより、二人の魂を開花させるにはどうしたら良いんだろう・・・

そう考えていたら、あの女性が答えてくれた。

   あなたには、いえ、人間に魂は開花させられないのです。
   役割が違うのです。
   地上の人間は、霊性を開花させるお手伝いをするだけ。
   でも、それはとても大切な役割です。
   ほら、ここに真ん中の赤いラインがあるでしょ。
   ここが開花のライン。
   ここまで成長すれば開花する時機に入って、守護霊や背後霊が一生懸命そのための
   プログラムを組んでくれるのです。
   だから、時機っていうのはとっても大切なんです。

彼女の説明は、美羽を深く納得させた。

   へえー、そうかあ、そうなんだ。
   開花する時機があるんだ。
   じゃあ、上の赤いラインまで行ったらどうなるの?

彼女は言った。

   上のラインまで成長したら、もう地上に再生する必要はなくなるので、
   次の段階に進めます。
   でも、その後も、そのまた後も次の段階というのがあって、永遠に成長し続けるのですよ。

美羽は驚いた。

   そうなんだ。
   そういうことだったんだ。
   とりあえず、私の身近な目標は上のラインね。
   私はあと何回再生を繰り返すと、このラインを超えられるのかしら。

彼女は答えた。

   それはあなた次第です。
   他人が成長するために体を張った人生を選べば、早くそのラインに行くけれど、
   穏やかな波風のない地上人生を望めば、まだまだ長くかかります。

美羽は、これからの自分はどうなのか、どうするのが一番最善なのかを思い出した。
そうだ、生まれてくる時、それを決意して生まれてきたんだった。

そうしたやり取りをしていたら、なにやら大きな音が聞こえ、美羽は我に帰った。

   あら? どうしたのかしら。
   眠ったつもりはなかったけれど、夢を見ていた感じがするわ・・・
   たしか、光ったものが見えて、図書館のようなところへ行って・・・
   それから・・・ ああ、思い出せない。
   あら? まだ10分ぐらいしか経ってないじゃない。
   だけど、なんだか気分がとてもすっきりしたわ。
   なんだか力が湧いてきた!

美羽は、なぜかわからないが、急がなくてはいけないような気がした。
もうしばらくベンチに座って春の日差しの中でゆっくりしていたかったが、せかされるような気持ちが湧き上がり、急ぎ足で会社に向かった。
家に帰ったら、S枝に貰った本を読み返してみよう。
そして、読み終わったらS枝に電話をしてみよう。
何かが変わるような気がする。
なぜそう思うのか分からないけど、そんな気持ちが美羽の心の中で大きく広がっていた。




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