ちょっとスピリチュアルな短編小説 No.17 「目には目を、歯には歯を 前編」


ガタゴトガタゴト・・・
祥太は、東京からそれほど遠くない実家に帰るために、ローカル電車に乗って、かつてのことを思い出していた。

自分の人生が変わるきっかけになったのは、10年前の電車の中だったのかもしれない。
あの時、生まれ育った街から逃げるために、今乗っているのと同じローカル電車に飛び乗り、東京に向かっていた。

心は凍りつき、頭の中は、振り払っても振り払っても、それまで起きたことが次から次へと脳裏に浮かんだ。
着のみ着のままで家を飛び出してきたから、後に残された家族のことなど気にする余裕はなかった。

ふと気が付くと、隣に座っている人が本を読んでいる。
見るともなしに見ると、「目には目を、歯には歯を、という言葉があるが、悪人には手向かうな。
右の頬を打たれたら左の頬を出せ。」
そんな言葉が目に入った。
しかし、当時の祥太にはその内容がとても理不尽なものに思え、急に怒りにも似た感情が湧きあがった。

  悪人には手向かうなだと!?
  悪いやつを野ざらしにしておけというのか。
  右の頬を打たれたら左の頬を出せだと!?
  負けるが勝ちだとでも言いたいのか。
  負けは負け、勝ちは勝ちだ。
  どこの親でも、やられっぱなしで帰ってくるな! やり返して来い!
  と教えるじゃないか。
  “目には目を、歯には歯を” が正しいに決まってる。
  もっと正しいのは、やられる前にやっちまうことだ。
  そうしなければ、自分がやられちまうんだから!

この時、祥太はまだ17歳。
この言葉は折に触れ、脳裏によみがえるほど、心に深く刻まれた。

祥太には2つ違いの兄が1人いる。
兄は見るからに元気で陽気なタイプなのだが、祥太は不健康でひ弱そうに見えた。

祥太が5年生になり、兄が中学に進学した頃から苛めが始まった。
今までは何かにつけて兄がかばってくれていたので、誰も祥太には手を出さなかった。
しかし兄がいなくなったとたん、祥太は標的にされた。
それも、かなり陰湿で、親切に見せかけたいじめだった。

例をあげるなら、祥太が消しゴムを忘れたりすると、親切にも消しゴムを貸してやり、祥太が席を外した時にその消しゴムを隠し、あとでみんなで寄ってたかって
 「人から借りたものをなくすなんてひどい。盗んだんだろう。返せ!」 と罵声を浴びせるというやり方が多かった。
祥太が 「貸してくれなくてもいい」 と言うと、「親切を無にした」 と言って、それもまた苛めの対象になった。

その頃、中学生の兄はボクシングを習い始めた。
もともと格闘技が好きで、レスリングをやるか、ボクシングをやるかで迷っていたが、父親の知り合いがジムを経営しているからということで、ボクシングに決めた。

6年生の祥太はというと、どんどん苛めの対象になっていった。
登下校の際に、ワル仲間のカバンを持たされるのは日常茶飯事。
使いっぱしりもやらされていた。

そんな祥太も中学に進学することになり、兄と同じ校舎で学ぶことになった。
すると、同級生による苛めはパタッとなくなった。
祥太は考えた。
今年1年間はいいが、来年になって兄が卒業したら、また苛めが始まるに違いないと。
それで兄と同じボクシングジムに通うことを決めた。

元々体力のない祥太に、毎日の練習はこたえた。
しかし、兄がいなくなったら必ず苛めは再発するに違いない。
いざとなった時に撃退できる体力ぐらいはつけておきたいと必死だった。

兄が中学を卒業していなくなったとたん、予想通り苛めが始まった。
しかし、小学校の時に苛められたのがトラウマになっているのか、祥太には立ち向かう勇気はまだなかった。

夏休みのある日、呼び出された。
みんなである女の子を待ち伏せするのだという。

  待ち伏せしてどうするんだろう・・・

イヤな予感がした。

公園の入り口で見張りをしていると、女の子の悲鳴が聞こえた。
声がした方に走って行くと、男5人で1人の女の子を取り囲んでいた。
女の子は隣のクラスの子で、R子といった。
容姿端麗で頭も良く、みんなから注目の的になっている子だった。

そのR子を男5人が取り囲んでいるということは、次に何をしようとしているのかは容易に想像がついた。
祥太は思わず 「ねえ・・・や、やめた方がいいよ」 と弱々しく言った。
すると、リーダー格のKが、

  おい、エラそうに、祥太がやめろってさあ。
  そんなの、俺らには聞こえねえよなあ。
  オマエはあっちで見張りをしてりゃあいいんだ!

そう言って、祥太に殴りかかってきた。
ところが、ふと気がつくと、祥太は素早く身をかわし、最初の一発で相手を打ちのめしてしまっていた。
無意識の行動というか、練習の成果でもあった。

あっという間の出来事に、みんな驚いた。
しかし、一番驚いたのは祥太自身だった。

ボクシングはしているものの、自分が強くなっているなんてこれっぽっちも思っていなかったからである。
仲間は散り散りになって逃げて行った。

新学期が始まったので学校に出て行ったら、クラスは祥太の話で持ちきりになっていた。
見かけは相変わらず弱々しいなままなので、そのギャップがまるでスーパーマンの変わり身のように言われていた。
教室の隅を見ると、あいつらがなにやらヒソヒソと話している。
目が合ったとたん、ゆっくり自分の方にやって来て言った。

  あの時は悪かった。
  これからは仲良くしてくれよな。

祥太の頭の中はまだ苛められていた時の感覚が残っていて、半分逃げ腰だったが、小さく頷いた。

学校が終わり、家に帰ろうと歩いていたら、向こうからKが高校生らしき3人と一緒にこちらに向かって歩いてきた。

  も、もしかしたらこの前の仕返し・・・かな。

この前の公園で決着をつけようと言われ、しぶしぶ承諾した。
本心を言えば、怖い。
しかし、承諾した以上、後には引けない。

家に帰り、私服に着替えて公園に行くと、Kたちはすでに来ていた。
「この前の礼をさせてもらうからな」、と言い終わらないうちに、高校生が殴りかかってきた。
祥太は、うまく身をかわし、ものの5分で勝負はついてしまった。
高校生たちは逃げ帰り、Kが1人残された。
祥太はKの耳元でささやいた。

  このことは誰にも言わないでよ。
  もし言ったら、これぐらいじゃすまないからね。

祥太はそう言っている自分にゾクゾクした。
苛められてきた自分が、今は優位に立っているのだ。

Kも、「ああ、絶対に言わない」 と約束した。
そして、それ以来、Kはいつも祥太の目を気にし、他の子を苛めなくなった。
祥太は、自分は良いことをした、ボクシングを習ってよかった、と心底思った。

初めて祥太を見た人は、祥太があまりにも軟弱に見えるからなのか、誰もが上から目線でバカにしたような言葉で話しかける。
そして次に、こいつを苛めてみたい、という衝動に駆られるようだ。
しかし、手を出した瞬間、その思いはすぐに打ち砕かれる。

繁華街を歩いているとカツアゲの対象になりやすいらしく、すぐに声をかけられる。
小さな声で 「すみません。許してください」 と上目遣いに言うと、こいつは弱いやつだから絶対に金が取れると思うらしく、更に強きに出る。
相手が胸ぐらを掴むと、祥太は急に態度を変えて拳を炸裂させる。
すると、みんな這うようにして逃げていく。

自分を見かけだけで弱い奴だと笑った奴には、ぐうの音も出ないほど徹底してやり返した。
祥太は、しだいに自分のギャップを楽しむようにさえなっていた。
「やられたらやり返す、やられる前にやる」、それが祥太のモットーになっていた。

ある日、近くのコンビニに行こうと歩いていたら、きれいな女性がニコニコ声をかけてきた。
私服だったのですぐには分からなかったが、しばらくして、隣のクラスにいたR子だと気が付いた。

  祥太君、あの時はありがとう。
  あの時よりずっとたくましくなったね。

この再会が縁で、2人は時々会って話をするようになった。
2人の話題は、あの事件のことに始まり、お互いの生活のことまで話した。
どちらかというと無口の祥太だが、不思議なことにR子とは何でも話せる。
R子と話している時は、イライラも収まり、モヤモヤも吹き飛んだ。

その後、2人は別々の高校に入学したが、R子との付き合いはその後も続いた。
男女というより、クラスメイト、いや、姉と弟という感じの付き合いだった。
会うといっても、どこかの公園だったり、川べりだったり、ただお互いの話をするだけの間柄。
仲間の中には、やっちまえ、と言うヤツもいたが、R子は自分にとってそんな存在じゃない。
祥太にとっては、R子との友情的な付き合いは心地よかった。

ある日、R子を家まで送っていくと、R子の父親が突然玄関から出てきた。
父親は仁王立ちになり、一方的にまくし立てた。

  R子とは別れてもらうからな。
  お前たちが一緒にいるところを、近所の人が何度も見てるんだ。
  お前は自分の素行が分かってるのか!?
  これから娘と会うことは絶対に許さん!

R子は止めに入ったが、父親は更にエスカレートし、かなり口汚く罵った。
我慢の限界が来た。

祥太が両方の拳をぎゅっと握り締めて、その握りこぶしを胸辺りに持ってくると、父親が怒鳴った。

  なんだ、その手は!
  俺を殴ろうとでも言うのかっ。
  殴れるものなら殴ってみろ。
  殴るってえのはこうするんだっ!

そう言ったかと思うと、父親の方が先に殴りかかってきた。
その瞬間、祥太はさっと身をかわし、してはいけないことをしてしまった。
とっさに右手が出てしまったのだ。
そして、父親は呻き声を上げてその場で倒れこんだ。

祥太は 「しまった!」 と思ったが、もうどうにもならなくなり、その場から逃走した。
R子の母親がその場で110番に電話をかけたらしく、走っている後ろでパトカーのサイレンの音が聞こえた時は、自分はもう終わりだと思った。

家に逃げ帰り、カバンに当面の洋服を突っ込み、母親の財布を手に掴んでそのままJRの駅へと走った。

家へは駅のホームから電話をして、
「しばらく帰らないから、探さないで」 とだけ留守電に入れておいた。
そして、東京行きの電車に飛び乗ったのだった。

  自分は我慢したんだ。
  R子の父親があんなことを言い出さなければ・・・
  俺だけが悪いわけじゃない。

そんなことを考えながらふと横目で隣を見ると、その人が読んでいる本が目に入った。
「目には目を、歯には歯を、という言葉があるが、悪人には手向かうな。
 右の頬を打たれたら左の頬を出せ。」

この言葉に出会ったのは、この時だったのだ。

(続く)



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