ちょっとスピリチュアルな短編小説 No.16 「霊能者の悩み」


それは、ある日突然始まった。
昇が幼稚園で遊んでいると、保育士さんが、「昇君は一人でお話しするのが好きなのね」と言った。
昇は、自分は友達と遊んでいるのに、どうして一人だって言うんだろう、と変に思った。

同じ日に近所のおばさんが、「昇君は、一人遊びが好きなのねえ」と言ったので、
「ううん、僕は一人で遊んでいるんじゃなくて、この子と遊んでいるだよ」と言ったが、
おばさんは「あらまあ、昇君は冗談が言えるの。 おもしろい子ねえ」と言った。

こうしたことが同じ日に2回あったので、自分でもなんだか変だと思ったが、幼い昇には何が変なのかまでは分からなかった。
その後も、こうしたことはたびたび起きたが、周りの大人は昇が独り言を言いながら遊んでいるとしか思わなかった。

小学生になったある日、あることに気が付いた。
それは、触れる人と触れない人がいるということだった。

お母さんの服を引っ張ってみると、しっかり掴んで引っ張ることができたが、いつも遊んでいる子の手を引っ張ろうとしたら素通りしてしまい、触ることができなかった。

ある時、お母さんにそれとなく聞いてみた。

  ねえ、お母さん、お母さんには触れない友達っている?
  お母さんだけに見えて、僕に見えない友達っている?

母親はその問いかけにすこし驚いたが、

  昇にはそういう友達がいるんだね。
  それはねえ、たぶん霊だよ。
  死んだ人さ。

触れる人と触れない人がいるというのは、昇にとっては当たり前のことだったが、触れない人と話をする時は気をつけなければいけないことだけは分かった。

この時から昇は、誰かと話をする時は、まず触って確認することにした。
そして、霊と話をする時は、回りに誰もいない時にするようにした。

昇が中学生になり、いわゆる思春期になると状況が変わってきた。
それまでは普通に霊と話していただけだったが、だんだんと霊が自分の身体の中に入ってくる感じになってきたのだ。
そして、霊が自分の口を使って話すことも出始めた。
昇は焦った。
ある日など、自分では思ってもみなかったことを霊が自分の口を使って話す。
ところが、回りは昇が話していると思っている。
そうした時、昇は霊が話したことに辻褄を合わせることで精一杯だった。

高校生になる頃には、霊が自分の中に入ってくるという感覚も遠のいていった。
というより、霊が自分の中に入ると、意識がなくなるようになっていたのだ。
中学の頃は霊が自分を通して何を話したのか分かったが、この頃になると、自分が何を話したのかさえ全く覚えていない状態になった。
そうした状況が少しずつ増えていった。

そんなある日、気が付くと見覚えのない部屋で寝ていた。
ここはどこなんだろうと見回すと、そこはどうやら、病院らしかった。
僕はどうしてここにいるんだろう。
何があったんだろう。

しばらくして、医者と母親が病室に入ってきた。
母親が言うには、学校で分けの分からないことを喚(わめ)きながら暴れたというのだ。
それで、強制的に病院に連れて来られたというのだ。

「それはたぶん霊がしたことだよ。 最近、覚えてないことがよくあるんだ。」 と医者に言ったら、病名がはっきり下されてしまった。
統合失調症、当時は精神分裂症と言われていた。

母親は、その病名を聞いて泣き出した。
父親も駆けつけたが、なすすべがなく、母親の肩を抱いて帰っていった。
昇は病院に一人残された。

とりあえず薬が処方され、1日に12時間以上は薬で眠らされ、時には身体に微弱電流を流す治療も行われた。
目が覚めている時は自由に病棟内を歩くことができたが、分厚い扉から向こうへ出ることは許されなかった。

病棟にはいろいろな患者がいた。
中には、病室から出してもらえない人もいた。
その病室を覗いて見たら、妙な行動を繰り返していたり、大声で叫んでいたり、中には暴れるからといって縛られている人もいた。
僕もあの人のように暴れていたんだろうか。
そう思ったら、自分が情けなく思えてきた。

薬が効いたのか、それとも微弱電流の治療が効いたのか、とりあえず、症状が治まったので3ヶ月で退院できた。

家に帰って来てから、昇は考えた。
自分は決して統合失調症などではない。
ただ、霊と話ができるだけなんだ。
霊と仲良くなりすぎてしまっただけなんだ、と。

昇は祈った。
相談できる人がいなかったので、祈りによって答えを得ようと、ひたすら毎日祈った。
どうしたらいいのか、どうすべきなのか・・・どうか教えてください・・・と。

すると、ふと耳元でささやく声が聞こえた。

 『お前の力は、他人を助けることに使うと良い』 と。



昇が大学生になってしばらくした頃、友達のAが昇に悩みを打ち明けた。
悩みというのは、最近お父さんとお母さんが喧嘩ばかりしているので、勉強に身が入らない、ということだった。
昇は近くにいる霊にどうしたらいいのか聞いてみた。
すると、その霊は、

  Aのお父さんは仕事がうまくいっていないからイライラしてるだけなんだ。
  だから、お母さんに言ったらいい。
  お父さんのイライラを鎮めるには、美味しいご飯を作ってあげて、お母さんがニコニコ
  するのが一番だと。
  そうすればお父さんのイライラはすぐに収まるが、逆にお母さんが愚痴を言うのが
  続いたら、お父さんは暴力を振るうようになるから状況は悪くなる。

昇はその内容をAに伝え、Aは母親にそのことを話した。
母親は自分でも気になっていたことだとみえて、言われたようにしてみたら、日に日にお父さんのイライラは収まり、以前のような明るくて楽しい家庭に戻っていった。

また、ある時、別の友達Bが

  前はC君とすごく仲が良かったのに、最近は僕のことを避けているみたいなんだ。
  どうしたんだろう・・・

霊に聞いてみたら、

  避けてるんじゃなくて、話しかけられないだけなんだ。
  Cはある時、話の流れで友達にBの悪口を言ったことがあるんだ。
  そこで、Bは悪いやつだという話に発展してしまった。
  その時Cは、友達の悪口を言ってしまったという良心の呵責が湧いて、それ以来話し
  かけにくくなっているだけなんだ。
  Bの方から話しかけたらすぐに解決することさ。

昇がBにこのことを伝えると、BはすぐにCに会いに行った。
最初はギクシャクしていたが、しばらくしたらお互いの友情を確かめ合うことができ、絆はさらに強くなった。
いわゆる、「雨降って、地固まる」ってやつだ。

こうしたことが何度かあり、口コミで昇の噂が広まっていった。
すると友達だけでなく、知らない人からも相談が入るようになった。

悩みのほとんどは、結婚できるかどうか、どんな仕事についたらいいか、受験は合格するかどうか、どの大学を受けたらいいか、どうしたら病気が治るのか、新しい事業は成功するかどうか、など、占い的な相談がほとんどだった。
中には、競馬の予想まで聞きに来る人もいた。
そうした質問に対して、霊はいつも最適な答えを出してくれるので、ほとんどの依頼者は満足して帰って行った。

この頃、相談に対する料金は設定せず、依頼者が自分で納得できる額を「志」という形で勝手に置いて行った。
なぜ料金を設定しなかったのかというと、答えを出してくれるのは霊であって、自分は単に霊と相談者の仲介役に過ぎない、自分の能力が少しでも誰かの役に立てればいいんだという控え目な思いからだった。

訪れるほとんどの人は感謝の思いを込めて数千円という金額を置いていったが、中には数万円を置いて行く人もいた。
この頃、昇はすでに成人していたが、仕事をしていなかったので、相談者からの志で生計を立てていた。

そんなある日、遠くから一人の女性が訪ねてきた。
その女性はだ30代後半で、2年前にご主人を交通事故で亡くされ、一人寂しく暮らしていた。
亡くなったご主人とはとても仲がよかったので、その女性は今でもご主人のいない寂しさから開放されずにいた。
そんな時に昇の噂を聞きつけ、藁をも掴む思いでやって来たのだった。

さて、依頼の内容だが、ご主人の霊を呼び出して直接話をしたいということだった。
今まで何人もの霊と話をしてきた昇だが、直接本人を呼び出すことはやったことがなかった。

 「直接呼び出すのは初めてなので、失敗しても嘆かないでください」
 「それでもいいのでお願いします」

やってみると、意外に簡単にご主人の霊が現れた。
昇が霊媒となり、2人が会話を始めた。

 「あなた、あなたなの?」
 「ああ、そうだよ」
 「今どんなところにいるの?」
 「とってもきれいなところだ。 地上のしがらみから開放されて、心も身体もすごく軽いよ」
 「それならよかったわ・・・
  ところで、あれはどこに置いたのかしら?  あなた、教えてくれなかったものね」
 「クローゼットの一番上においてある黄色い箱の中だよ」
 「わかったわ。 見てみるわ」

なんだか妙な会話だったが、当然詮索することはできない。
しかし、女性はとても喜んで帰って行った。

1週間後に、その女性からお礼の手紙と、謝礼金として10万円が送られてきた。
手紙には、次のような内容が書かれていた。

  先日はいろいろとお世話になり、有り難うございました。
  私にはすばらしい出来事になりました。

  主人は2年前に亡くなっているのですが、亡くなってから一ヵ月後にジュエリー
  ショップから電話が入ったのです。
  「結婚10年目ということで指輪をお買い求めになられましたが、サイズは良かったでし
  ょうか」、というケアの電話でした。
  結婚記念日の1ヶ月前に主人は亡くなったので、私は指輪を買ったことさえ知り
  ませんでしたし、もちろん指輪がどこに置いてあるかも分かりません。
  家の中をくまなく探しましたが、見つけることができませんでした。
  それで、先生のお噂を聞き、お訪ねしたしだいです。

  声こそ少し違いましたが、話し方は主人そのものでした。
  久しぶりに話すことができて、本当に嬉しかったです。
  言われた通りにクローゼットの上を探しましたら、確かに黄色い箱があり、その中に
  指輪と手紙がありました。
  指輪はプラチナの台に10個のダイヤが輝いておりました。
  サイズはほんの少し大きいですが、このままにしておこうと思います。

  手紙には、「結婚してから10年、こんな僕にいつも良くしてくれて有り難う、
  お互い年をとってもずっと一緒にいよう。 いつまでも君のことが好きだよ」
  と書いてありました。
  手紙を読んだ時、次から次へと涙が溢れ、私は手紙と指輪を胸に抱いて、しばらく
  立つことができませんでした。
  すると、ふと主人に抱きしめられているな感じがして、とても幸せな気持ちに包まれ
  ました。

  主人が亡くなってずっと寂しかったけれど、亡くなって2年もたって、どれだけ主人
  から愛されていたかを知りました。
  先生のお陰で、最高のラブレターと贈り物を手にすることができました。
  主人は目には見えないけれど、生きているのですね。
  もう寂しくありません。
  本当に有り難うございました。

何ともほほえましい内容に、昇の心は温かくなり、人助けができたことにこの上ない喜びを感じた。

今度はこうした降霊が口コミとして広がり、亡くなった人と話をしたい人が続々と押しかけるようになった。
それにしたがって、志もだんだん増えていった。

収入が増えると、当然のように欲望が顔を覗かせるようになる。
昇も例外ではなかった。

今までは料金の設定などしていなかったのに、霊が「30分1万円にせよ」、と言ってきたのでその通りに設定をしてみた。
すると、不思議なことに依頼者は以前より増えた。
気を良くした昇は、更に30分3万円にしてみた。
すると依頼者は更に増え、予約は2ヶ月先までいっぱいになるという現象が起きた。
収入はどんどん増え、家も建てることができ、高級車も買った。

ところが、収入が増えるのとは反対に、なぜか霊との交信がだんだんとできにくくなってきていた。
昇にはそれがなぜだかわからなかった。
呼べばすぐに現れる霊もいれば、何度呼んでも出てこない霊もいた。

昇にとっては、霊が出てこないのはとても困ることだった。
出て来ない時は仕方なく、出てきているフリを装うようになった。
だから、次第にウソも多くなっていった。
それでも依頼者はそのウソを信じ、喜んで帰って行った。
昇は、その人が幸せになるなら 『ウソも方便』 だと割り切った。

ある日のことだった。
若い男性が一冊の本を昇に提示した。
それは霊界通信に関する本だった。
読んでみると、驚く内容が記されていた。

霊と会話をするというのがどういうことなのか、信憑性はどれくらいあるのか、霊能力の本来の目的などが書かれていた。

昇は、今まで自分には霊能力があると思っていたし、それを役立てることが人のためであり、それが自分の使命だと思ってやってきた。
一般の仕事にも就かずに、ひたすら人のために頑張ってきたし、それで収入を得るのは当然だと思っていた。
ところが、そこには、昇が正しいと思っていたことと反対のことが書かれていた。

その本の中には、まず、現れる霊の質のことが書かれてあった。
進化霊が魂の未熟な霊能者に語りかけることは決してないこと。
類は類を呼ぶという「波動同調」の真理は地上のことだけではなく、霊界と地上でも同じだということ。
また、進化霊は物質的なことには価値を置かないし、魂が成長していない霊能者には決して真摯なメッセージは降ろさない。

魂が成長していない霊能者に反応するのは、いわゆる成仏していない霊であったり、地上の人間を惑わして面白がるイタズラ霊がほとんどだということも書いてあった。
霊と会話ができる自分が、実は霊に対してあまりにも無知だったのを知って、昇は頭をカナヅチで殴られたような思いになった。
進化霊がこんな無知で未熟な自分に降霊などするはずがない。

客観的に考えてみたら、自分に語りかけてきていたのは、確かに未熟霊やイタズラ霊だ。
自分は人のためと思っていたが、本当は自分が一番もてあそばれていたのだ。

最初は志だけ頂いていたから、余裕こそなかったけれど、質素な生活はできていた。
ところが、収入が増えるにしたがって金銭で物事を考えるようになったが、自分が霊能力を使うのは人の幸せのためだと公言してはばからなかった。
「名誉や金銭が目的ではないんだ、人のためなんだ」と、自分で自分を正当化して、動機のすり替えをしていただけだったと、やっと気が付いたのだった。

今、昇は悩んでいる。
これからどうしたら良いのか誰か教えて欲しい。
霊に聞けば、更に人助けをするために、次はテレビに出るのが一番だと言う。
本を出せば、多くの人が救われると言っている。
そして、もっとお金を取ってあげた方が、人のためになると言っている。

今の昇はそうした霊の言葉が信じられなくなった。
しかし、依頼者はどんどん増えている。
そういえば、すでにテレビ局からのオファーも来ている。

これから自分はどうしたら良いのだろうか・・・
どうやって始末していったらいいのだろう・・・
昇は今、あまりにも無知だった自分を恥じ、頭を抱えて考え込んでいる。



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