ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.29 「あるヒーラーの一生・・・ B ブルーテントでの断食」


聡史は中学を卒業してすぐに印刷工場に就職したが、治療をしても治らない人がいたことが発端となり、工場を出ることになってしまった。
しかし、工場だけで生活してきた聡史には、社会的な知識があまりない。
どうやったら新しい職を見つけることができるのか、貯金も根こそぎ盗られて、明日からどうやって暮らして行ったら良いのか、途方に暮れて、ただ歩くしかなかった。

どこをどう歩いたかわからないが、歩き疲れて、お腹も空いて公園のベンチに座っていると、隅の方に大勢の人が集まっているのに気が付いた。
何だろうと思って行ってみると、そこでは列を成して、みんな何かを待っていた。
列の先を見ると・・・炊き出しだ!
お握りと味噌汁、バナナとかりんごを並んでいる人たちに配っていた。

  そうか、ここはホームレスが食事を援助してもらうために並ぶ列なんだ。
  俺もホームレスになるのかなあ・・・
  ここまで落ちたのか、それとも、まだ生きる道があったと思うべきか。

聡史は列に並び、炊き出しを受け取り、その場で口に運んだ。
美味しかった。
体全体に染み渡るほど美味しかった。
バナナってこんなに甘かったんだ。
雑炊ってこんなに美味しかったんだ。

以前は、接待でご馳走ばかり食べていたが、心から美味しいと思って食べたことはなかった。
しかし、ここで貰った1杯の雑炊はこの上なく美味しかった。
人の温かさを感じ、身体が温かくなっていくのを感じると、心全体を覆っていた不安が薄らいだ。

その時、1人の男性が声をかけてきた。

「お前さん、見かけない顔だね、新入りかい?  寝るところはあるのか?」

今日はまだ寝るところはあるが、明日からなくなると答えると、その人は自分のブルーテントに連れて行ってくれた。
テントの中は雑然としているが、生活に必要なものは一通り揃っているようだ。
これには、聡史も驚いた。
それに、外目で見るより意外と広く感じる。
その人は、「ここは、夏は天然の暖房、冬は天然の冷房だ」と言って、屈託なく笑った。
こんなところに住んでいても、笑えるんだ。
そう思ったら、気持ちが少し落ち着いた。

その人はCさんといって、元は小さな会社の社長だったと言う。
切羽詰ってヤミ金から金を借りるしかなくなって借りたが、結局返せなくなって、夜逃げしてここにたどり着いたと言う。
自己破産をすることも考えたが、家族にはつらい思いをさせたくなくて、離婚して自分だけが逃げているということだった。
素性がわかるところに出れば海に沈められるかもしれない、と物騒なことを言うが、これは案外本当のことかもしれない。

Cさんは、「行くところがなければここに来ればいい、ブルーテントの作り方ぐらい教えてやる」と、また屈託なく笑った。
聡史は、Cさんの明るさに接して、切れかけていた自分の命が繋がったような気がした。

「地獄に仏というのはこのことですね」
「俺が仏?  ははは、俺はホームレスの仏かあ、それもいいなあ」

そう言って、Cさんは、髭も生えているのかどうかさえ分からないぐらい真っ黒に日焼けした顔をくしゃくしゃにして笑った。

まだまだ不安は一杯だが、Cさんと出会って、何とか生きて行けそうな気がした。

少し休んでからアパートに帰り、身の回りのものをまとめることにした。
電化製品を処分するためのお金はないから、誰にも何も言わずに、書き置きを残して、そのままアパートを出た。

その日の夜、さっそくCさんのところに転がり込むと、家族ができたみたいだと言って、喜んでくれた。
夕食は、Cさんが自分用に準備していたのを聡史と2人で分け合いながら食べた。
そして聡史は、Cさんのブルーテントの中で、アパートから持ってきた毛布で体を包んで寝た。
そろそろ冬の終わりの頃で、まだまだ寒かったが心はとても暖かだった。

翌日、Cさんはどこかからブルーシートを拾ってきて、聡史のためにダンボールと板で補強したブルーテントを作ってくれた。
こうして、聡史はCさんの隣人となり、ブルーテント生活が始まった。

ここでの生活は、もちろん快適とは言えないが、何とか生活して行けそうだ。
ホームレス同士は、お互いに敬遠しあうような関係にあるが、気心の知れた者同士に限っては繋がりが強く、仕事の情報や廃棄のお弁当が手に入るお店の情報とか、とにかく、お互いに生きていく情報を分け合っている。
Cさんに言わせれば、そういう仲間は戦友に匹敵するという。

ホームレスの人たちを見ていると、いろいろな人がいるのに気が付いた。
文化的な生活をあきらめ、惰性でただ生き長らえているだけのように見える人もいれば、1日でも早くこんな生活から抜け出して、社会人としての生活を取り戻そうと必死になっている人もいる。

惰性で生きながらえているように見える人は、見るからにホームレスだが、抜け出そうと必死になっている人は、見かけは普通の人と何も変わらない。
しかし、必死になっていても、こうした生活が長くなりすぎると諦めてしまう人が多いのだとか。
抜け出すのは容易ではないらしい。

Cさんはというと、どちらにも属してないような感じだ。
むしろ、この生活を楽しんでいるようにさえ見える。
この人に出会ったことは、とてもラッキーなのかもしれない、と思った。

食べて行くにはお金が必要だ。
何か仕事を探さなければいけないと思ってハローワークに足を運んでみたが、保証人がいないこと、運転免許を持っていないこと、住居がないこと、電話がないことなどで、仕事先に連絡さえ取ってもらえなかった。

こんなことなら、仕事が見つかるまでアパートにいた方が良かったかもしれないと思ったが、やっぱりあそこにはいられなかったから、根気よく探すしかない。
自分はまだ若いから、すぐに仕事が見つかると思っていたが、世の中で働くには、こんなにたくさんの条件が必要だというのを初めて知った。

工場は自分から出てきたから、失業保険は適用されないらしい。
役所に生活保護の申請も行ったが、

「父親がいるなら、父親に連絡を取りなさい。
 それに、あなたはまだ若いんだから、
 仕事を見つけて頑張りなさい」

と言われて追い返された。
公営住宅の申し込みはもっとダメで、定期収入がないというだけで申請さえ出させてもらえなかった。
結局、ブルーテントに住むしかない。

役所から一歩外へ出た時、自分は日本の底辺で生きていくしか生きる道がない、それなら、その中で人間らしい生き方を求めてみようと腹をくくった。

それからの生活は、食べ物を探して歩くことが毎日の日課となった。
廃棄のお弁当をそっと裏に積んでおいてくれるコンビニ。
お客の食べ残しだが、手が付けてないのをビニールに入れて裏に置いといてくれるレストラン。
パン屋では、時々だがパンの耳の売れ残りも手に入った。
何気ない人の優しさに触れると、人間、まだまだ捨てたもんじゃないと思えてくるから不思議だ。
しかし、おもむろに汚い目で見られると、その場から逃げ出した。

日雇い仕事ができる日は働いた。
公園の草刈りとか、道路工事の手伝いとか、人手が足りないところから時々募集が掛かって、そこにホームレスが押し寄せる。
募集人員2人というのに30人ぐらいが申し込む。
運が良ければ、日雇いの仕事が手に入り、日給制だから、その日にお金が手に入った。
ブルーテントに住んでいると、1週間に1回働くことができれば何とかやっていける。
聡史は、週に2回ほど仕事にありつけた。

ある日、Cさんが病気になって寝込んでしまった。
風邪をこじらせたらしいのだが、病院に連れて行くお金はない。
Cさんは、じっと寝ていればそのうち治ると言って、体を丸めて寝ていた。
時々咳き込み、そのたびに丸めた体をさらに丸めた。
何も食べていないので、咳き込むたびに黄色い胃液を吐く。
しかし、そのうち、その胃液さえ出なくなった。

Cさんの風邪は良くなるどころか、ただでさえ黒い顔が妙な土色になり、呼びかけても返事をするのもつらそうだ。
しだいに、呼吸も荒くなり、ハーハーと言いはじめた。

聡史は、あの力を使おうか、どうしようか、迷った。
あの力を使えば、病気はたぶん良くなるだろ。
でも、またクチコミで人が我れ先にと集まり、最初は治っていてもそのうち治らない人が出たり亡くなる人が出たりすると、また槍玉にあげられるかもしれない。
そうすると、今度はここを出て行かなければいけなくなる。
ここを出たら、自分にはもう行く場所はない。

聡史は迷った。
でも、大切なCさんを苦しいままにしてはおけない。
そう思って目を瞑り、意識を集中してCさんに触れた。
すると、今まで荒かったCさんの呼吸が次第に穏やかになっていくのがわかった。
土色をしていた肌も、しだいに赤みを帯びてきたように見える。
熱もだんだんと引いているようで、うっすらと汗もかいている。
聡史はホッとした。

その日の夜、Cさんはすっかり元気になった。
半日前までは意識が朦朧とするぐらいに苦しかったのが、嘘のように元気になった。

聡史は今回のこと、そして今までのことをCさんに打ち明けた。
最初Cさんは驚いて聞いていたが、聡史が話し終わると言った。

「人を助けようとしてやったことなら、すばらしい行為だよ。
 人は自分の動機と行動にしか責任がもてないんだ
 自分のことしか考えない人は勝手なことばかり言うから、
 そんなのを気にしていたらキリがないよ」

それを聞いて聡史は、初めて自分が理解してもらえたようで、今までの傷が少し癒えたような気がした。

それから、Cさんの助言もあって、ホームレス仲間の病気を治す決心をした。
ホームレスは病気になっても保険がないから、よほどでない限り医者にはかかれない。
金のある人たちは病院に行けばいいんだ。
Cさんはみんなに、「当たるも八卦、当たらぬも八卦なら、治るも治らないのも時の運」そう言ってアシスタントを務めてくれた。

集まって来る人のほとんどは、風邪だったり、胃腸を壊していたりしている。
というより、慢性的に栄養不足だから、みんな風邪だと思い込んでいるのかもしれない。

しかし、1日に診られるのはせいぜい10人が限度。
それ以上になると、聡史の方が立てなくなるぐらい疲労が激しくなるのだ。
病気が治った人は、「何もできないけど」と言いながら、廃棄のお弁当を持ってきてくれたりした。
ここでは、治らないからと言って文句を言う人はいない。
いや、Cさんがうまくまとめてくれるから、自分の耳に入ってこないだけなのかもしれない。
今まで問題を起こしてきた能力だったが、ここでは重宝がられて、聡史にとっても喜びになった。

たまに、どうして?と思えるような人も来ることが有った。
本人が自分から話さない限り、どんな人かを知ることはできなかったが、話の端々から、政治家とか芸能人だというのがわかったりした。
といっても、聡史には情報源がないので、その人たちが有名な人かどうかは全く分からないが。
そういう人たちがこんなブルーテントを訪れるのだから、よほど切羽詰っているのだろう。

テント生活を始めて3年ほどしたある日、数人の男性が聡史のテントに来た。
テレビ局の人だと言う。
ドキュメンタリー番組で、聡史の事を取り上げたいと言ってきたのだ。
Cさんが出演料の交渉をすると、驚くほどの金額をはじき出してくれた。
Cさんは

「迷うことなんてないじゃないか。
 ドキュメンタリーを撮ってもらって、患者が増えたらお金をもらって、
 それで生活できるじゃないか」

と言った。

「その金で、ホームレスたちに、たまには廃棄じゃない
 おいしい弁当を買ってくれよ」

とも言った。
しかし、聡史は気乗りがせず、迷った挙句、断ることにした。

テレビに出れば有名になる。
有名になれば、それを目当てに、あの社長のように搾取しようとする人が寄ってくるに違いない。
そう思うと、怖くなったのだ。

ホームレス仲間はみんな残念がったが、「聡史がそれでいいなら」と言ってくれた。

それから1ヶ月ほどして、別の男の人がやってきた。
その人は聡史かどうかを確かめもせずに、顔を見るなり、

「あなたに本当の仕事が近づいてます」 と言った。

その人は霊能者で、お祈りをしていたらお告げがあったと言う。
その霊能者にとって聡史は会ったこともない人だったので、そのお告げが本物かどうか半信半疑だったが、会って顔を見て、本物だと確信したという。

「お告げは、1週間、断食をしなさい。 その間にこの本を読んで勉強しなさい、とのことです。」

そう言って、1冊の本を手渡した。
それには、「霊的治療、スピリチュアル・ヒーリング」のことが書かれていた。
あまりの突然のことなので驚いたが、聡史はなぜか、その人の言う通りにしてみようと思った。

その人に教えてもらった通り、最初の2日間は食事の量を減らしながら、お粥から重湯へと移行した。
それから水だけの1週間が始まった。
お腹が空くのは辛いが、食べ物を探しながらあちこち移動しなくていいし、トイレの回数も格段に減った。

ただ、本を読むに当たっては、聡史は中学を卒業してから本など読んでいなかったし、漢字が苦手なので、あまり読めない。
これを機会に、本ぐらい読めるようになろうと、Cさんに教えてもらいながら勉強がてら読み始めた。

断食も3日目になると、頭痛と吐き気が出るようになった。
誰かと話をしていれば気がまぎれたが、1人になると、また頭痛と吐き気がぶり返して、とても本など読める状態ではなくなった。

4日目になると、あれほどつらかった頭痛も吐き気も嘘のようになくなり、体が軽く感じられるようになった。
体に羽が生えて、フワフワ飛べるような気さえする。
この日は本が気持ちよく読めるようになったので、またCさんに漢字を教えてもらいながら読んだ。

ところが、読んでいて以前と違う感覚になっているのに気がついた。
自然と祈りたくなり、祈るとエネルギーが体中に充満するのだ。
エネルギーが充満する心地よさと安堵感は言葉には表せないほどだ。

5日目になると、歩きたい衝動に駆られた。
何も食べていないからそんなには歩けないだろうと思ったが、Cさんが一緒に歩いてくれるというので、歩き始めた。
すると、面白いことにさっさと歩ける。
それも、Cさんより速く。
これには歩き慣れているCさんも驚いた。
5時間ほど歩いてテントに帰ってきた。
さすがにCさんは疲れ果てて、さっさと寝てしまった。
しかし、聡史は疲れてなかった。
それどころか、更に力が増したように感じた。

6日目は1人で歩き、テントに帰ってきてからまた本を読んだ。
この頃になると、だんだんと漢字が読めるようになっていて、何とか読み終えることができた。

7日目。
最後の断食の日だ。
この日も1日中歩き回り、テントに帰ると本を読んだ。
今まで、文字を読むだけで精いっぱいで、内容どころではなかったが、この日は内容がよく理解できるようになった。

8日目。
なぜか沐浴をしたいと思った。
朝早く公園に行き、水道の水で全身をくまなく洗った。
朝日が眩しくて、自分を歓迎してくれているように感じた。
服を着替えてから、ベンチに座って何時間も祈った。

すると、耳元で誰かがささやくのが聞こえた。

  お前はこれから霊医とともに神の仕事をする。
  選り好みをしてはいけない。
  自分を律することに専念しなさい。
  清貧の生活を続けなさい。
  孤高の意志を持ちなさい。
  あとは、私たちがやります。
  導かれるままに進みなさい。

幻聴なのか、それとも本当に誰かがささやいたのか。
とにかく、何かが変わろうとしていた。

(続く・・・)



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