ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.29 「あるヒーラーの一生・・・ @ 子供時代」


ここは東京からかなり離れた山の盆地にある集落。
家の数は20軒ほどしかない。
聡史はここで生まれた。
代々貧乏で、先祖は小作だったらしく、いまだに土地も家も借りて住んでいる。
借りている家はとても古く、時代を感じさせる。

小学生の聡史は小さい時からちょっと変わった力を持った子だった。
聡史にはお婆ちゃんがいるのだが、畑仕事を続けてきたせいで腰は曲がっている。
最近は、立ったり座ったりするのがしんどいらしく、時々腰に手を当てて「痛い、痛い」と言って、自分でさすっている。
聡史は、ある日、お婆ちゃんの腰に手を当ててさすってあげた。
すると「ああ、気持ちええなあ」と言って、そのまま眠ってしまった。

しばらくしてお婆ちゃんが起きてきて言った。
「お前が腰をさすってくれたら、腰の痛みが嘘みたいに治ったわ。
これでまた畑に行ける。 お前のおかげや、有難いなあ」と。

数日たって、お婆ちゃんの友達がやって来た。

「お前のお婆から聞いたぞ。 聡史の手当ては良く効くんやてなあ。
オラにもやっておくんない」

と言ったので、その場で腰をさすってあげたら、そのお婆ちゃんも眠ってしまった。
暫くして起きたら、「おお、寝てしもうたわい」と言いつつ、腰の痛みが無くなったと言って、たいそう喜んで帰って行った。
そして、その後、お礼だと言って大根の煮物を持ってきてくれた。

2人のお婆の話を聞いて、月に2〜3度ぐらいだが、近くのお爺やお婆が、畑で取れた野菜や果物を持って、「手を当ててほしい」と言って、やって来るようになった。
聡史は、年寄りたちの喜ぶ顔を見るのが楽しくて、優しく手当てをしてあげた。
すると、どの人も、「ああ、気持ちええなあ」と言って帰って行った。
そのたびに、煮物やら野菜が手に入るので、オカンは喜んだ。
オカンが喜ぶと、聡史も嬉しかった。

数年たって、聡史は中学生になった。
小学校は割と近くにあったけれど、中学は毎日片道1時間かけて歩いて行かなければいけないところにある。

ある日、登校する途中で数人の生徒が何やら騒いでいたので行ってみると、男の人が畑の横に倒れていた。
見たところ、息はしているようだが、顔面は血の気が失せている。
誰かが救急車を呼ぶために電話をかけに行ったが、山の中なのでまだ到着していない。
聡史が心臓に手を当てると、その人は大きく深く息をした。
すると、さっきまで血の気がなくて白い色をしていた顔が、みるみる赤みを帯び始めた。
そして、その人はゆっくりと目を開いた。
それを見ていた生徒たちは驚き、歓声を上げた。

その人はゆっくり起き上がり、塀にもたれかかるようにして座った。
しばらくして救急車が到着し、その人を乗せて病院へ向かった。

聡史が学校に行くと、すでにその話でもちきりになっていた。
教師たちは聡史に、
「お前、心臓マッサージのやり方を知ってたんだなあ。 驚いたよ。 良くやった!」
と言って誉めてくれた。

それから1週間ほどしたある日、救急車で病院に運ばれた人が挨拶に来た。
救急病院で検査をしたところ、どこにも異常がなかったというのだ。
「慣れない山道を歩いたので、貧血でも起こしたのでしょう」、という判断だった。

しかし、その人が言うには、
「異常がないはずがない。自分は末期癌と宣告されて余命いくばくもなく、死に場所を求めてフラフラ歩いていて倒れたんですから」と。

それで、その人は救急で撮ったCTの写真を借りて、今まで行っていた病院に行って見せた。
すると、医者は何度も前の写真と今の写真を見比べては、首をひねっていたという。
そして言ったことは、

「まさか一夜にして末期癌が治るはずがないでしょう。
どうやら手違いがあって、誰か他の人の写真を見て判断してしまったらしい。
担当の者が、あってはならないミスをしてしまいました」

そう言って謝ったという。

しかし、その人は、
「自分には癌の自覚症状があったし、あの写真に間違いはない。
信じがたいことだが、これは、君が治してくれたとしか考えられない」
と言って引かなかった。

そして、その人は言った。

「自分は死ぬ覚悟をしていたんです・・・。
死が近づくと人間というのはいろいろ考えるものですね。
過去のことが一気に脳裏をよぎっていくんです。
“走馬灯のように” と言うけれど、あれは本当です。
最初は何とか生き延びたいと思ってあがきました。
それから、どうせ死ぬなら好きなことをしてと考えたけれど、何も思い浮かばないんです。
死ぬことを考えると、自分が闇の中引きずり込まれて行くようで、ただただ怖くて、そうしたら体がガタガタ震えて、息ができなくなって・・・
気がついたらあなたに助けて頂いていたんです。
まさかのような奇跡です。
これからはおまけの生命ですから、無駄に生きないで、誰かの役に立つ生き方をしていきたいです。
これは少しだけれど、私の気持ちです。」

そう言って封筒を差し出し、帰って行った。

あとで母親が中身を見たら、10万円入っていたので慌てて追いかけたが、その人の姿はもうなかった。

それ以来、クチコミで聡史のことがだんだんと知られるようになり、集落以外から、病気で困っている人が少しずつ聡史のところに来るようになった。
平日は数えるぐらいの人しか来なかったが、日曜日にもなると3〜4人来ることもあった。
聡史は嫌な顔一つ見せずに手当てをしてあげたが、立て続けに手当てをした時はどっと疲れが出るらしく、夕食も食べずに倒れるように寝てしまうことがしばしばあった。

聡史のところに来る人は奇跡を期待する人ばかりだったから、その場で症状に変化があった人は聡史を神様のように扱い、誰もが金一封を置いてい行った。しかし、何も変化がない人の中には、うそつき呼ばわりして、悪態をついて帰る人さえいた。

ある時、診療所の医者が聡史の家にやって来て言った。
集落には診療所がないので、みんなは近くの村に1軒だけある診療所に行っていた。
そこの医者がやって来たのだ。

「聡史君はまだ中学生なんですよ。
医師免許は持ってないし、余計なことをして患者の病気が悪化したら、どうやって責任を取るんですか。
全員が治るのならまだしも、治らない人もいると聞きました。
これは大問題ですから、すぐに治療行為をやめないと、警察に訴えることになります。
場合によっては、裁判にかけることになると思いますよ」

そう言って帰って行った。

その翌日には、近所の人が血相を変えてやって来て言った。

「さっき息子が熱を出したので診療所へ行ったら、聡史君に治してもらったらいいでしょう、って嫌味を言われて、診察してくれなかっただよ。
診療所のお医者が言ってたけど、もしかしたら診療所を引き払うかもしれないって。
そうしたらここらは無医村になる。
もしそうなったら、あんたらの責任だからね。
どうしてくれるんだい」

そう言われても返す言葉がなかった。

集落から少し離れた村で1軒しかない診療所の医者が文句を言いに来ると、今までは有り難がっていた集落や村の人も、顔を見れば嫌味を言うになった。
しかし、聡史のうわさを聞きつけて、助けを求めて遠方からやって来る病気の人たちもいるので、聡史も両親も困り果てた。

ある日、学校で友達の1人がお腹が痛いといって保健室に行った。
その友人が聡史に「お前の力で治るかなあ」と言ったので、手当てをしてみた。
その時は痛みが和らいだのだが、その翌日、その友人が入院したことを知らされた。
そして、1週間後に他界してしまった。

通夜の席で、友人の母親が聡史に掴み掛かり、

「お前が殺したようなものだ。
お前があんなことさえしなければ死なずに済んだかもしれないんだ!!」
そう言って泣き崩れた。

数人の人が止めに入ったが、聡史は母親の剣幕に居たたまれなくなって、通夜の席を飛び出した。
引率した担任がその後を追いかけ、やっとつかまえ、
「お前のせいじゃないから・・・」と言うのが精一杯だった。
それを聞いて、聡史は堰を切ったように泣き出した。

そのことがあって以来、学校の中で嫌がらせが始まった。
こういう時の子供というのは残酷なもので、人の気持ちなど察することはしないで、言いたい放題言う。

「お前、人殺しなんだってなあ。 おおコワ」
「頼むから、俺を殺さないでくれー、ハハハ」

学校だけでなく、村の人や集落の人たちも聡史たちに心無い言葉を浴びせるようになった。
嫌がらせがエスカレートしてきたので、聡史の家族はその土地に居づらくなり、引っ越しすることに決めた。
地主から借りた古いボロ家に住んでいたので、集落を出るのはそれほど大変なことではなかった。
聡史が中学1年の秋のことだった。

引っ越した先は隣の県の少し大きな町。
ずっと山の中の集落で暮らしてきたせいか、お婆ちゃんも両親たちも、町での生活になかなか馴染めない。
それが原因かどうか、お婆ちゃんは引っ越してから半年後に他界してしまった。
父親は酒の量が増え、酔うと必ず聡史に愚痴った。

「お前がもっとうまくやっていれば、こんな引越しなんかしないで済んだし、お婆だってこんなに早く死なずにすんだんだ。
最初は便利な力だと思ったが、まったく、厄病神だな。」

そう言われる度に、聡史の心は痛んだ。
しかし、新しい学校では、あの事件のことは誰も知らないので、その分、気は楽だった。


そんな聡史も中学3年になった。
夏休みになり、仲の良い友達に「滝行に行こう」と誘われた。

「滝行? 何のために?」
「なんでも、不思議な力がつくそうだ。
見えないものが見えたり、聞こえないことが聞こえたりするんだって。
面白そうだと思わないか」

「まさかそんなこと、あるわけない」と思ったが、友達の話を聞けば聞くほど興味が湧き、何かが変わりそうな気がして、行くことにした。

2人は、町からそんなに遠くない滝に出かけることにした。
バスに揺られ、やっと滝に着いた。
そこには行者がいて、注意事項と一緒に、滝行のやり方を教えてくれた。
白装束を借りて着替えたが、真夏と言えども、山の中は白装束になると肌寒く感じる。

注意事項の中で、
「滝行をやると、不思議な力が付くと思っているかもしれないが、それは危険なことなので、もし何か変な現象が起きたら滝行は中止してください。」
そう言われたのが印象的だった。

先に行者が滝の中に入って行った。
マントラを唱えているのであろうか、すごい気迫だ。

次は2人が滝に打たれる番だと言われ、その後をついて行った。
促されるままに、水に片足を入れたら身が縮むほど冷たかった。

上から落ちてくる水の勢いはすごくて、傍から見ているのと実際に近くにいるのとではまったく違う。
立つ所は岩場なので足場が悪く、落ちてくる水の力も加わって立っているのがやっとだ。
慣れていない人が最初から滝に打たれるのは危ないので、最初は水しぶきを浴びるだけで良いと言われた。
シャワーと同じぐらいに考えていたが、流れ落ちる滝の水のすぐそばにいるだけでも、息がしにくいほどの圧力がある。

聡史はお経もマントラも何も知らなかったから、ありのままの自分でいた。
休んでは滝に打たれ、また休んでは滝に打たれて、合計5回ほど行った。
最初は水しぶきを浴びているだけだったのが、3回目からは実際に落ちてくる滝水を体全体で受け止めることができた。

水に連打されている間は、余計なことを考える余裕など一切ない。
滝に打たれて身を清めると言うが、自分の中の汚い部分が洗われて、まさしく清められている感じがした。

1回の滝行は経験によって様々らしいが、聡史たちは1回目は5分ほどで、だんだん長くしていった。
5回目の滝行が終わると、体が真っ赤になっていて、寒さどころか、熱く感じるほどだった。

初めての経験でもあるので、帰りのバスの中では2人とも疲れて寝てしまった。

その日から、聡史は感覚が研ぎ澄まされたような気がした。
サッカーで足を捻挫した友達がいたので、その友達の肩を何気なく触ったら、翌日からまたサッカーをやり始めた。
捻挫が治ったらしい。

ゲームばかりやっているので指が痛いと言っている友達に触れると、その友達も翌日は指の痛みがなくなって、ゲームの成績が更新できたと言って、嬉しそうにみんなに言いまくっていた。

担任が、頭痛がひどくて薬を飲んでも痛みが取れない、と言っているのを聞いたので、念を送ったらその場で顔色がよくなったこともあったし、風邪をこじらせて休んでいる友達に念を送ったら、翌日は登校して来たりしたこともあった。

以前とは全く違う手応えを感じて、聡史は自分の力を確信し、誰かが痛みや病気で困っている時は、それとなく念を送ったり、さりげなく触ったりして、みんなが元気になるのを楽しんだ。

友達は、治った原因が聡史にあるとは、もちろん気がついていない。
言えば何か問題を起こすかもしれないと思うと、自分からはとても言えなかった。

中学3年の3学期になり、クラスが高校受験一色になった。
聡史は進学したかったが、進学するには成績は芳しくなく、また父親の収入が少ないこともあって、断念せざるを得なくなった。

この頃、父親はお酒を飲むと、母親とよく喧嘩をし、口で勝てないとなると暴力をふるうようになっていた。
それが元かどうか、母親はパート先で倒れ、病院に運ばれた時にはすでに他界していた。

バイトをしながら高校へとも考えたが、聡史の成績は下から数えた方が早い。
そんな自分が高校へなど、無理だと思った。
それに、父親はさらに酒の量が増え、「オカンが早死にしたのはお前のせいだ」とさえ言うようになっていた。
聡史は、口答えをすれば殴られるので、じっと我慢するしかなかった。
そして、父親とは別々に住みたい、と思うようになっていた。

運良く、町工場から就職の募集があったということで、担任が仲立ちになってくれて、そこに就職することができた。

(続く・・・)



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