ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.27 「幸せとは」


♪古いアルバムめくり〜♪

鼻歌を口ずさみながらアルバムをめくっていたら、コンサートのチケットが1まい出てきた。
このチケットは俊夫と再会した記念にとっておいたもの。
今までのことを思い出し始めたら、彼と付き合っていた頃のこと、いろいろ話したことが次から次へと頭の中に浮かんできた。

そういえば、最初に出会ったのは大学の食堂だった。
食事が終わって立とうとしたら、後ろを通ろうとしていた彼とぶつかった。
その時はあいさつ程度だったけど、すぐそのあとのゼミで隣同士に座り、不思議と気が合って、その日は一日中話していたっけ。
あれは奇遇だったな。

それからは、顔を見たら話すようになって、気が付いたらいつも一緒にいるようになっていた。
向こうから付き合ってほしいと言われたわけでもないし、自分も何も言ってなかったけど、自然と付き合っている感じになっていった。

俊夫はとても物知りだったから、いろいろ教えてくれた。
それがとても魅力的だったし、理性的に物事を考えて判断する人だったから、同い年とはとても思えないほど頼りがいがあるように思えた。

あの頃、女友達の中に好感が持てない人がいた。
向こうから話しかけてくる以上、逃げるわけにもいかず、何となく話を合わせていた人だった。
人の噂話が大好きで、面と向かうと歯の浮いたようなお世辞ばかり言うのに、席を外すとすぐに、その人の悪口を言う、イヤなタイプの女。
私も随分言われたんだろうなあと思う。
私が「あの人に比べたら、私って結構マシな人間かも」って言ったら、俊夫が、

「お前も自称マシ人間かよ。
 あのなあ、どんなに悪い奴でもみんな、自分はマシな人間だと思っているんだぞ。
 舞子の言うその友達だって、自分はマシな人間だと思ってるさ。
 自分のことをマシな人間だと言うのは、一見すると謙虚だけど、実はすごく傲慢なんだ。
 それって、本当の自分が見えていないから言えることなのさ。
 そう言ってる俺だって、自分が見えてないけどな、ははは」

屈託なく笑ってそう言ったが、「傲慢」という言葉がグサッと心に突き刺さった。
そして、ことあるごとに思い出され、自分の心を制御してくれている。

今まで、そんなふうに嫌味なく気が付かせてくれてた俊夫だから、私は彼といるだけで幸せを感じてた。
時には腹が立つこともあったけど、まあ、そういうのは誰にでもあることだし。

そういえば彼に聞かれたことがあったっけ。

「舞子は何のために生きてる?」
「そうねえ、幸せになるためかな」
「幸せになるためかあ。
 舞子にとって幸せって何?
 まさか、好きな人と結婚して、安定した家庭を築くことなんて馬鹿なこと考えてんじゃ
 ないだろうな」

そう言われてドキッとした。
だって、自分は誰か好きな人と結婚して、暖かい家庭を築くことが幸せだと思っていたから。

俊夫は続けて言った。

「そういう夢見る夢子さんって要求人間が多くて、結婚すると生活に不満ばかり出てくるんだ。
 ダンナが手伝ってくれない、美味しいと言ってくれない、子供を見てくれない、なんてな。
 そういうのを、“くれない族”って言うんだ。
 くれない族は自分で自分を不幸に追い込む奴らのことさ」

そういえば、すでに結婚している友達がそんなようなこと言ってたっけ。
「絶対幸せにするよ」、って言ってくれたから結婚したのに、毎日仕事で帰りは遅いし、たまの日曜日は疲れたと言ってゴロゴロ寝てるだけだし、どこにも連れて行ってくれない、たまにはゴミぐらい出してくれてもいいのに何もしてくれない、って不満ばかり。
聞く方は、「ごちそうさま」って感じなんだけど、なぜか本人は幸せだと感じてないんだよね。
「こんなはずじゃなかった」って言葉を聞くと、結婚って何だろうって思っちゃう。

俊夫の人生は苦難の連続だったよね。
幼いころにお父さんが亡くなって、母一人子一人で生きてきたんだ。
いくら母子手当が出るからといっても、女が一人で子供を育てるのは並大抵の苦労ではなかっただろうな。

そうそう、高校卒業まであと2か月という時にお母さんが亡くなったって言ってた。
親戚が一人もいなかったから、天涯孤独になったって。
それまでも貧乏だったけど、更に貧乏になって、それでも猛勉強して大学に入ったなんて、すごいわ。

私みたいに、親に学費を出してもらって、バイトもせず、お小遣いをもらって大学に行っている甘ったれでヤワな人間とは全然違う。
歳は同じだけど、俊夫の方がずいぶん大人だと感じるのは、つらい人生を切り抜けてきたからなのね。

俊夫に聞いてみた。

「じゃあ、本当の幸せって何?」
「人によって感じ方が違うから、一概には言えないな」
「じゃあ、俊夫にとって幸せってどんなの?」
「俺にとっての幸せは、人の役に立つ喜びを味わうことかな」
「へえー、そんなこと考えてもみなかったなー」
「よく、小さな幸せを見つけろ、って言うだろ。
 俺だって、ちゃんと一人で生活できて、こうして大学に通えることは幸せだなあって思うよ。
 でも、それは自分が幸せと感じてるだけで、これが誰かの幸せに繋がらなければ
 自己満足で終わってしまうんだ。
 それとか、くたくたに疲れて帰って来て、一杯のコーヒーをゆっくり飲む時も、
 ホッとはするけど、これは小さな幸せであって、俺にとっては本当の幸せじゃないんだ。

 じゃあ、どんな時に幸せと感じるかと聞きたいんだろ。
 たとえば誰かが困っているとする。
 その人を助けるには、自分が泥水を飲まなければいけなかったり、自分の時間を
 割かなければいけなかったりする。
 俺にとって時間を割くということは、バイト代が減るということでもあるから、
 生活は苦しくなる。
 でも、その人が助かったら、自分が被ったこととか、時間を割いたこととか、
 収入が少なくなって大変になったことなんて、全部吹っ飛んじゃうんだ。
 2人して泣きながら、良かった良かった! って言えたら、そういうのがすごい幸せだと
 思うし、こういう体験って人生の宝物になると思うんだ。

 つまり、俺にとって本当の幸せって、誰かの役に立つ喜びをいっぱい感じることなんだ。
 そりゃあ、時にはうまく行かないこともある。
 いや、うまく行かないことの方が多いよ。
 でも、俺は誰かの役に立つために勉強したいし、そういう仕事に就きたい。
 誰かの役に立つことで、神様に繋がっているような気がするんだ。

 世の中、これに関しては需要と供給のバランスがすごく悪いよ。
 助けてもらいたい人ばかりで、自分が誰かの役に立ちたいと思っている人の方が
 少ないんだから。
 いや、役に立ちたいと思っている人はいるけど、自分に被害が及ばない範囲で役に
 立ちたいと思っている人ばかりなんだ。
 それはそれでいいけど、俺はそういうのは嫌なんだ。
 やるならとことんやりたいんだ。」

そう話す彼が、キラキラ輝いていて、とても眩しく見えた。
彼が言うような人間になれたらどんなに素晴らしいことかはわかる。
でも、自分は普通の人間だから、俊夫のような人間にはなれない。

そんな彼だったけど、バイトと勉強が忙しかったし、私自身もサークルに没頭していたから、彼との関係は自然に消滅したって感じ。
付き合ってほしいと言われて付き合ったんじゃないから、自然消滅も仕方がないよね。

大学を卒業して、運良く小学校の教師になることができた。
教師になって2年経ち、同僚が用事で行けなくなったということで、そのチケットをもらってたまたま出かけたコンサート会場で、偶然彼と再会した。
いや、あれは偶然じゃなかった。
彼もまた、友達がコンサートに行けなくなったからということで代わりに来ていたらしいから、今にして思えば、あれは必然だったのかもしれない。
何だか目に見えない力が働いて再会させてもらえたような気がする。

本当に久しぶりで、時間が過ぎるのも忘れるぐらい話したね。
大学時代のことに始まって、ふと気が付いたら、俊夫が自分の夢を熱く語っていた。
その夢というのは青年海外協力隊として自分の能力を発展途上国の役に立てることだった。
私はそんなこと考えてもみなかったことだから驚いた。
進む道がずいぶん違っちゃったみたい。

それからしばらくして、俊夫はインドネシアに行ったんだよね。
向こう行ってから一度だけ電話がかかってきたっけ。
彼も教職の免許を取っていたから、現地では植林の技術を指導する傍ら、子供たちにいろいろ教えているって言ってた。
それと、将来を担う子供たちの礎になりたいとも言ってたなあ。
現地の子供たちのことを話している彼の声は生き生きとしていて、聞いているだけで自分も参加している気分になったっけ。
そして、それから・・・同じ教職に就く者として、私と一緒に人生を歩んでいきたいとも。
あ、これって、プロポーズのつもりだったのかな。
いやいや、友達として長く付き合いたいってことだよ、きっと。
でも、もし彼と結婚したら冒険と苦労の連続で、波乱の人生になりそう。
日本へはいつ帰って来るんだろう。
もうずいぶん連絡がないけど、今頃どうしてるかなあ・・・頑張ってるとは思うけど。

コンサートのチケット、棄てようと思ったこともあったけど、棄てなくてよかった。
やっぱり再会の記念だもん。
彼が帰ってきたら、またいろいろなことを教えてもらえるかな。
私自身は教職についてまだ2年しか経ってないけど、彼が言ってたことが少しは分かるようになってきたような気がする。
平凡な人生を望んでいた私が、担当している子供たちのためなら、泥水をかぶったり、命も投げ出せそうな気になっている。
子供たちにいろいろ教えているけど、自分が一番成長しているような気がする。
人間って変われば変わるものよねえ。

ピンポ〜〜〜ン

誰だろう・・・

玄関に出てみたら、髭もじゃでクマのような人が立っていた。
にっこり笑ったその顔は・・・

「今インドネシアから帰ってきたんだ。
 真っ先に、プロポーズの返事を聞きに来た」

あまりのタイムリーさに驚いて、声も出なくて泣き出した私の涙を・・・彼は優しくぬぐってくれた。



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