スピリチュアル・カウンセラー 天枝の日誌 (2) 「地上に生を受けた理由」


天枝が経営している喫茶店の名前は「エテルナ」といって、スペイン語で「永遠」という意味がある。
天枝のことを聞いてエテルナに来る人たちは、誰もが何かを得ようと思って謙虚な思いでやってくるが、時々そうではない人もいる。

歳は50歳前後だろうか、1人の男性が辺りをうかがうようにして入って来た。
店内を一通りぐるっと見回し、他にお客がいないのを見届けると、おもむろに切り出した。

「ここで占いをやっていると聞いたんだけど」

「すみません、占いはやってないです」

「じゃあ、何やってるの?   喫茶店だけ?」

「スピリチュアルな話をしたい方が良くいらっしゃいます。
 定期的に真理の勉強会もやってますけど」

「スピリチュアルって、あの江原さんとか三輪さんが話しているようなことかい?」

「まあ、そうですね。
 でも、ここでは江原さんのように霊とお話はしませんが」

こんな感じだったが、話していくうちに心が疲れている人だというのが分かったので、話だけでも聞いてみようと思って切り出してみた。

「よかったら、ハーブティーでも飲みながら、少しお話していきませんか」

「ふうーん、あんたみたいな若い娘さんには、俺が舐めてきたような辛辣な体験は
 理解できねえだろうけど、ま、いっか。
 気晴らしになるかもしれねえし、せっかくだから少し話していくよ。」

そう言いながらソファーに深く腰掛け、身の上話を始めた。
彼の話はこうだった。
彼がまだ若い頃、お笑い芸人として一世風靡したことがあったという。
最初はピンで漫談をやっていたが売れなくて、事務所の勧めでコンビを組んで漫才をやることにした。
これが当たって、一時は一週間にレギュラーを10本ほど抱えたこともあったという。
コンビ名を聞いてみたら、なんだか聞き覚えがある。
天枝が子供のころ、どのチャンネルを回しても映っていたような気がするが、何分にも小さかったのではっきりとは思いだせない。

ところが、どんなに人気が出ても、必ず曲がり角がやって来る。
この曲がり角をどう曲がるかで、その先が決まる。
売れている時は周りからちやほやされるため、誰でも天狗になっていく。
彼の場合はまさしくそうで、売れている、イコール、自分に実力がある、と錯覚していたらしい。
人気がある時はそれで通る。
しかし、曲がり角に来た時に、この天狗になった傲慢さがその先の人生の壁になって、失敗する人は多い。
コンビを組んで漫才をやって行くより、互いにピンでやって行った方が実力を発揮できると思い、この男性の方からコンビの解散を切り出したと言う。

最初は物珍しさでオファーがかかったが、しだいに仕事が減り、コンビを解消して1年もたたないうちにドサ廻りの仕事しか来なくなってしまった。
ところが、元相方は逆に人気が出て、番組の司会を担当できるほどになっていったという。

天枝でもその相方の名前は知っていた。
その人は、今は押しも押されぬ売れっ子で、看板番組を持っているほどだ。

「アイツが有名になったのは俺のお蔭でもあるんだ。
 それなのに、チェッ!
 1人で頑張ったような顔をしやがって。
 事務所だってそうだ。
 俺が売れていた時はチヤホヤしやがったくせに、売れなくなったら
 ゴミ扱いだ。
 俺が売れなくなったのは、事務所のせいだ。
 いや、相方が事務所の社長と何か話をして、俺をハメやがったに
 違いない。
 問い詰めても同じことしか言わないから、頭にきてつい社長を殴っち
 まったら、解雇だとよ。
 社長がちゃんと説明していれば、俺は殴ることはなかったんだ。
 俺が悪いわけじゃない。
 社長は自業自得ってやつさ。
 ところがさ、収入が無くなっちまって、仕方なくキャバレーの舞台に
 立ったわけよ。
 俺の名前を知っている人もたくさんいて、最初は喜んでくれたけど、
 結局はみんなきれいなお姉ちゃんの方がいいから、俺の漫談なんか
 聞いちゃいなくてさ。
 客っていうのは、みんな自分勝手だよな。
 人気がある時は金を払ってでも聞きに来たのに、落ちぶれたら見向きも
 しないんだ。
 そのキャバレーにちょっと不幸な女がいてさ、俺はそいつのアパートに
 転がり込めたんだ。
 その方が、とりあえずは食べて行けるからな。
 だけど、そいつは陰険な女でさ、店では明るくていい子だと思って
 たのに、俺と一緒に居ると文句ばかり言うんだ。
 俺の働きが悪いとか、ただ飯食いとかさ。
 俺だって掃除したり、アイツの洗濯だってしてやってるんだ。
 それに、良い仕事があれば俺だってどんどん働きたいと思ってるん
 だから、感謝してくれてもよさそうなもんだろう。
 なのに、アイツは『ありがとう』の一言だって言わないんだ。
 あーあ、俺はなんて運が悪い男なんだろう。
 ここらで一山当てて、いい暮らしがしてえなあ。
 ねえ、あんた、どうしたら一山当てられるか教えてよ」

いま天枝の目の前にいる元芸人は、次から次へと聞くに堪えない話ばかりを、唾を飛ばす勢いで息つく暇もなく話し続けた。
天枝はしばらく黙って聞いていたが、だんだんイライラしてきて、ひとこと言った。

「あなたねえ、何のために生きてるの?」

意気揚々と話をしていたので、元芸人は不意を食らい、目をまん丸くして話をやめた。

「お、おい、突然妙なことを聞いてくるなあ。」

「もう一度聞くわ。
 あなた、何のために生きてるの?」

「何のためって・・・
 それがわかればこんな暮らしなんかしてねえよ」

「じゃあ、聞き方を変えるわ。
 どんな生き方をしたいの?」

「難しいこと聞くなあ。
 俺は、金がほしいんだ」

「じゃあ、それに見合った努力はしている?」

「してるけど、誰も俺の才能を認めてくれないからなあ。
 それに、運もあるだろ。
 俺は運に見放された男なんだ」

「あなたの運の悪さは、あなた自身が引き寄せたとは思わないの?
 あなたの話を聞いていたら、あなた自身は何も悪くなくて、
 全て周りの人が悪いように聞こえる。
 それ以前に、あなたは自分のことを何もわかっちゃあいない。
 あなたは、自分が何のために生まれて来たかさえ、
 わかってないんだわ!」

「俺は生まれたくて生まれてきたわけじゃない。
 母親が勝手に生んだんだ。」

「母親が勝手に生んだですって?
 あなたの話は、どれを聞いても、他の人が悪いと言うのね。
 自分の不運を人のせいにしているうちは、何をしても本当の良運には
 恵まれないのよ」

「くそう、黙って聞いてりゃあ言いたいことを言いやがって。
 何がスピリチュアルだ!」

そう言っていきなり席を立ち、ハーブティー代も払わず、ドアをバタンと閉めて出て行った。
その後ろ姿を見て、天枝は情けなくなった。

「あーあ、しくじっちゃった。
 感情的になってはいけないことは分かっているけど、責任転嫁ばかり
 している人と話をしてると、ムカムカが頂点に達しちゃって」

「ああいう人って結構多いのよ。
 まだ時機が来てない人だから、仕方がないわ」

妹はそう言って慰めてくれたけど、やはり自分の対処の仕方は良くなかったと、大反省した。

☆     ☆     ☆

この男性のことはそれっきり忘れていたが、この人がもう一度エテルナに来たのは、それから1年ほど経った頃だった。

「あのう・・・」

「はい? 
 あ、あなたは確か・・・」

その男性は、ばつが悪そうに、頭をかきながら入って来た。

「俺のこと、覚えてる?」

「ええ、忘れてないわ」

「あの時は話を聞いてくれると言ったから、何でもかんでもしゃべっち
 まったけど、あんたにキツイこと言われて・・・
 正直なところ、本当は自分でも気が付いていたんだ。
 自分が悪いと認めれば、自分で自分を見下したことになるだろ。
 でも、全部周りが悪いんだと考えれば、落ち込まなくて済むから。
 自分が落ちぶれた理由もわかってたんだけど、それをまともに考えたら、
 立ち上がれなくなりそうで怖かったんだ。
 俺が落ちぶれた理由は、自分の実力も知らずに天狗になっていたから
 なんだろ。
 わかってたんだ。
 あれから、あんたに聞かれたこと、なんで生きてるのか、なんで俺が
 生まれて来たかをずっと考えたけど、どうしてもわかんなくてさ。
 ここに来れば教えてもらえると思って、意を決してもう一度来たんだ」

「わかりました。 どうぞ、お座りください」

天枝は、いつもの席に座り、元芸人は、その向かい側に座った。

2人はしばらく黙っていたが、天枝の妹が運んできたハーブティーを一口飲んで
気持ちが和らいだのか、彼の方から話し始めた。

「俺は、どこで自分の人生を間違えちゃったんですかねえ・・・」

「どこから間違っていたか、どこまで正しかったのかというのは私には
 わからないわ。
 でもね、価値のある人生か、そうでない人生かはわかるつもりよ。
 もし、あなたが、今までの人生から何も学ばずにこの世を去れば、
 あなたは自分の人生を価値のないままでこの世を去ることになる。
 でも、今までの苦い体験から何かを学んで、良い方に転換することが
 できれば、あなたの人生は大きな価値があったと言えるんだってね」

「難しくて良くわからねえな。
 もう少しわかりやすく言ってくれないか」

「そうねえ・・・。
 例えばだけど、歩いていて石に躓いて転んだとします。
 今までのあなただったら、こんなところに石があるからいけないんだ、と
 不満をあらわにしたでしょう。
 でも、時間を置いてゆっくり考えてみたら、自分が不注意だったから
 転んだと気が付くかもしれない。
 もしくは、運動不足だったから避けられなかったと考えるかもしれない
 わね。
 すると、これを機会にしっかりと運動をしようと考えて実行するかも
 しれない。
 場合によっては、ボーっとして歩いていると躓いて転ぶぞ、って友人に
 話すかもしれないわ。
 転んで痛い思いをすることを、あなたは今まで不運だと考えていた。
 でも、大切なのは転んだあとのこと。
 石のせいにして終わってしまえば、転んだことは不運で終わってしま
 うじゃない。
 でも、そこから何かを得て将来に生かせたら、転んだことは良運になる
 でしょ。
 いわゆる、転んでもただじゃ起きないってやつよ。
 それだけじゃなくて、運動につなげれば健康にもなれるし、更には、
 自分が得たことを友人に話してあげることで、その人は石に気を付ける
 ようにもなるし、転んでもただでは起きないでしょうし」

「なるほど、そういうことか」

「人はね、一人の例外もなく、自分の努力で自分の性格を築き、自分の
 努力で人生を価値あるものにしていくために生まれて来たと言われて
 いるわ。
 つまり、良いと思えることでも、悪いと思えることでも、どんなこと
 からでも何かを学び、成長するために生きているの。
 いわば、辿る道筋はどうであれ、成長した者勝ちってとこかな」

天枝は便箋を取り出し、そこにシルバーバーチの言葉を書き写した。
そして、それを男性の目の前に差し出した。

―― 人間は霊的に成長することを目的としてこの世に生まれて来るのです。
    成長また成長と、いつまでたっても成長の連続です。

―― あなたには、宿命的に、有利な条件と不利な条件とがあります。
    しかし、同時に、あなたならではの才能をお持ちです。
    それを他人のために役立てなさい

―― 魂の偉大さは苦難を乗り切る時にこそ発揮されます。
    失意も落胆も魂のこやしです。
    失意のどん底にある時は、もう全てが終ったかの感じを抱くもの
    ですが、実はそこから始まるのです。

手渡された便箋に書かれたものを読んで、男性はぽつりと言った。

「なんだか難しいな。
 でも、ゆっくり読んで考えてみるよ。
 今すぐ自分を変えるのは難しいかもしれないけど、何とか頑張ってみる」

そう言って、元芸人は便箋を大事そうにたたみ、胸ポケットに入れた。
そしてハーブティー代をテーブルに置くとにっこり微笑んで 「ありがとうな」 と言い、エテルナを出て行った。

元芸人が出て行ったあとで、妹が素っ頓狂な声で言った。

「あっ、前に来た時のハーブティー代、あの人払ってない」

「気が付いたら、いつか持ってきてくれるわよ」

それから、天枝と妹はしばらく話し合った。

誰でも地上で生きている間は、どんな出来事でも、永遠の観点から見たら、針の先ほどにも満たない通過点にすぎない。
その時は誤った人生を歩んでいても、どうしようもなく屈折していても、その人の心次第で、のちに良くなることはよくあること。
だから、その時だけを見て、この人の人生は良いとか悪いとかを判断しないようにしよう・・・と。

その後、元芸人は近況を知らせるために、もう一度エテルナを訪れた。
彼の話によると、時々だが、寄席で漫談をやらせてもらえるようになったらしい。
人気が出てくれば、ステージの回数も増やしてもらえるらしい。
お客に業界の人が来たことがあって、単発だが、テレビの仕事を紹介してもらったという。
そして、これを機会に、彼女と籍を入れたという。

「俺の人生、まだまだ捨てたもんじゃないな。
 あんたのおかげで、俺は目が覚めたよ
 誰かのせいにして生きるのはもうやめた。
 あんたが書いてくれた言葉、額に入れて飾ってあるよ。
 読むたびに感覚が違うから、不思議だな。
 今日は、あんたが書き写した本はどこで買えるのか知りたくて来たんだ。
 読んでみようと思ってさ」

天枝は、大きな本屋ならどこにでも置いてあるはずだと伝えた。

元芸人が帰って行ったあとで、2人は顔を見合わせ、

「あ、ハーブティー代!」

同時に同じことを言って、2人して大笑いした。

天枝はふと外が見たくなって、庭に出てみた。
まだまだ西日が暑いが、夕方になると吹き抜ける風が心地良い。
暑いからこそ、風が心地良いんだと、しみじみ感じる。
そして、元芸人が霊性開花したことに対して、彼の背後にいるスピリットたちがどれだけ働いてくれたかを考えると、胸に熱いものが心にこみ上げてきた。



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