スピリチュアル・カウンセラー 天枝の日誌 (7) 「チラシ配り」


エテルナは軽食喫茶。
調理は全て妹の使枝が担当している。
天枝はもっぱら味見役と言ったところ。

ここで出しているハーブティーは色々な種類がある。
そして、軽食にもこだわりがあって、食材は全部オーガニックで、動物性の物はもちろん使わない。
一番人気は麻婆豆腐ならぬ、納豆入りカレー豆腐。
ちょっと妙な取り合わせだが、これが意外に人気があって、これを目当てで来てくれる人もいるほどだ。

ランチタイムは目が回りそうなほど忙しくなるが、その時間が過ぎると、一気に静かになる。
日曜日は周辺の会社が休みなので、この日をエテルナの定休日にしている。

天枝と使枝の姉妹がこのエテルナを始めたきっかけは、シルバーバーチの読書会を開きたい、というところからだった。

エテルナを開店してからずいぶん経ったが、なかなか思うようにはいかないものだ。
これまで霊的真理の話ができる人はチラホラいたが、読書会に移行できるほどではなかった。

当初、天枝は、エテルナに来る人の中でシルバーバーチに関心を寄せてくれる人と読書会ができたらいい、と考えていた。
しかし、そうした人を待っているだけでは何か物足りない、というより、自分から何かを積極的にしなければいけないのではないか。
そう考え始めていた。

大々的に宣伝して読書会を開くことは、シルバーバーチの説くことに反しているし、スピリットが準備しているのを無に帰すことだって考えられる。
だからといって、このままお店の中で待ち続けているのも、何だか申し訳ないような気がしてきた。

それで考えたのが、喫茶エテルナを宣伝することを通じて、さりげなく「シルバーバーチの読書会」を織り交ぜて知らせてみよう、ということだった。

今までは、レジの横に「シルバーバーチの霊訓」から良さそうな言葉を抜粋した小冊子を置いていた。
もちろん、それは引き続きそうするつもりだ。

読書会を知ってもらうためには、まず、エテルナの存在を知ってもらわないといけないと考え、チラシを作って配布することにした。

それも、手当たり次第にポスティングするのではなく、一軒一軒ドアをたたき、顔を見て話ができた人にだけチラシを渡す、というものだった。
なぜなら、留守のお宅の郵便受けにチラシを入れたとしても、ゴミとして捨てられてしまうのが関の山だからだ。
天枝は一度も営業関係をやったことがないから、ちゃんとできるかどうかわからないが、とりあえず、3か月だけやってみようと決心した。

さっそく、チラリ作りに取り掛かった。
が、何しろ初めて作るチラシだから、文字とかレイアウトとか、全部が適当。
それでも、なんとか数日かけて作り上げた。
使枝は、もっとシンプルな方が良いと言ったが、あまりシンプルだと印象に残らないのではないかと思い、女性らしく可愛い系にまとめてみた。


チラシ1画像


そして、もう一種類、シルバーバーチの言葉だけを羅列したものも作った。

さて、チラシを持って出かけたのだが、いざチャイムを鳴らそうとするとドキドキする。
出てきたらどうしよう、いえ、出て来てくれなくては困る。
玄関の前に立ち、短い祈りをささげた。

   ヨシ! 自分で決めたからには、当たって砕けろ!

何かの突入にも似た意気込みで、最初のお宅のチャイムを鳴らしてみた。

   応答がない。
   留守なのかな。

なぜか、ホッとしたような、残念なような、複雑な気持ちがした。
次の家も留守。
平日の午後だからか、意外と留守のお宅が多い。
たまにいると思ったら高齢の方が出て来て、「私は留守番だからわからない」とかわされる。
時には、「ウチは用はないから、他に行ってくれ」と言って、ドアをガシャンと閉められることもあった。

訪問販売で回っている人たちは、こんなふうに追い返されるんだろうなあ、
宗教で回っている人たちも、こんなふうにあしらわれるのかな。

それでも、チラシを見て、「へえー、こんなところに喫茶店があるんだ」 「行けたら行くわね、 ありがとう」 と言葉を残してくれる人もいれば、無言でチラシだけ受け取ってドアを閉める人もいた。

それから、何人かの人が玄関で応対してくれたが、「シルバーバーチ」という言葉に反応する人は1人もいなかった。

初めて各家を回ってみた感想は、ただただ疲れた。
でも、自分で決めた以上は続けてみよう、と改めて決心し直した。

回り始めて1か月ほどした日のこと、あるアパートを回っていると、中年の男の人が出てきた。
夜勤で昼間は寝ているのだろうか、ドアを開けると眠そうに眼をこすりながら出て来て言った。

 「何ですかあ? また宗教?」

 「いえ、喫茶店なんですけど」

そう言って天枝がチラシを渡すと、その人はじっと見て、

 「シルバーバーチって何?」

初めてそう聞かれたので、シルバーバーチの言葉をまとめたチラシを見せて、少しだけ紹介してみた。
その時のシルバーバーチの言葉は、


チラシ2画像


するとその男の人は、

 「あんたの言いたいことは分かるけど、俺には理想論にしか
  聞こえないな。
  いつの時代も正直者がバカを見てきたし、今もその流れは
  ちっとも変っちゃあいないじゃないか。
  人を信じて、その人のために一生懸命になったのに裏切られて、
  それでも損はないというのかい?
  あんたはそういう意味の損じゃないと言いたいのは分かるけど、
  社会でもまれていると どうしてもそんな風に考えちまうのさ。
  現実はそんなに甘くはないことぐらい、あんただって
  知ってるだろう」

天枝はこの男性の言う言葉に対して、即答できなくて、その場を去るしかなかった。
家に帰る道々、ああ言えば良かった、こうも言えば良かった・・・と後悔ばかりが出てきたが、それでも、初めてシルバーバーチに反応してくれた人がいたことは、嬉しかった。

こうして一軒一軒回ってみると、本当にいろいろな人に出会う。
大半が玄関先でチラシを手渡して終わりなのだが、たまにシルバーバーチのことが話せる人がいると嬉しくなる。
反応があるのは興味を持ったからではなく、初めて聞く言葉だから知りたい、というところらしいが。

時には宗教団体に属していて、シルバーバーチと聞くだけで、おもむろに嫌な顔をしたりする人もいる。
それはそうだ、シルバーバーチは宗教の間違った教義に捉われている魂をそこから解放することを目的の一つにしているから、宗教団体からすると、悪の書物と見えてしまうのだろう。

また、お年寄りの中には話し相手が欲しくて、今までの人生やら、家族間での愚痴を聞いてほしいがために、応じてくれる人も少なくない。
そういう時は、しばらくの間、話し相手になってあげる。

回り始めた当初は、聞かれた時だけ読書会の話をしたが、2か月もたつとだんだん慣れてきて、シルバーバーチの読書会のことも、聞かれる前に話すことができるようになった。

各家を回るのは週に1度か2度で、平日の午後の数時間、時には日曜日にも回ってみたが、いろいろな人と話をする中で感じたことは、あまりにも霊的真理が普及していない現実だった。

霊的真理が普及していないだけではなく、言葉に対して反応しない人が多すぎる。
人間は誰でも向上心があり、自分を良くするための言葉には反応するものだと思っていた。
もしかしたら、反応しているのに、宗教の勧誘だと思って関心のないそぶりをしているだけなのかもしれない。
そうも考えた。

ある日、面白いことに気が付いた。
シルバーバーチの言葉を一生懸命選んで、チラシを作成していそいそと出かけた時に限って、話せる人と出会えるのだ。
ところが、数種類作った中から選んで持って行った時は、話せる人には出会えない。
きっと、自分のエネルギーが大きい時にスピリットを呼び寄せ、そのスピリットが力になってくれているのだろう。

そうしたことに気が付いてからは、出かける当日にシルバーバーチの言葉を選び、作成し、祈り、1度使ったチラシは使わないようにした。

そんなある日、チャイムを鳴らすと、大学生ぐらいの女性が出てきた。
チラシを見せると、「なんだか、温かい感じの喫茶店みたいね」

そう言ってから次に、シルバーバーチという言葉を見つけ、素っ頓狂な声をあげた。

 「私、『シルバーバーチの霊訓』持ってます。
  あなたは霊的真理を伝えるために回っていらっしゃるんですか?」

 「え、ええ、そうです。
  シルバーバーチを知っているなんて、嬉しいな」

あまりの突然の展開に、どう応えて良いやら・・・シドロモドロになってしまった。
でも、こうした出会いは偶然とは思えない。

   あ、偶然と言うのはなかったんだったわ。
   ガイドスピリットの配慮に心から感謝します!

話が弾み、翌日エテルナで会おうということになった。

天枝はその展開に喜び勇んで帰り、帰ってから使枝に話した。
使枝も自分のことのように喜んでくれた。

翌日の午後、約束通り、その女性がやってきた。
オーラを感じるとはこのことだろうか。
それとも自分が待ち望んでいた人だからそう感じているのか、または本当にオーラが出ているのか、とにかく、その人がドアから入って来た時は言葉では言い表せない透き通った美しさを感じた。

その人の名前は、奈々子さんといい、シルバーバーチを読み始めてから1年ぐらいになるという。
最初はいつも通り、いつ、どんなふうに出会い、どんなことをしてきたのかを聞いた。

彼女の経歴はこんなふうだった。

友人に「○○の科学」の本をプレゼントされたが、書いてある内容は本当なのか、それとも眉唾物なのか、という疑問だらけになってしまったという。
ある日、たまたま古本屋を通りかかったので、中に入ってみた。
「○○の科学」の本がたくさん並んでいたが、その近くにある別の本に目が行った。
タイトルは「古代霊は語る」
「○○の科学」と似たり寄ったりだろう、と思いつつ手に取って開いてみた。
パラパラめくって読んでみると、書いてある内容は疑う余地のないほど理路整然としており、納得のいくことばかりだったことに驚いたという。

すぐさまその本を買い、近くの喫茶店に入ってその場で読破した。
それから、別の本屋に行き、シリーズで出ている「シルバーバーチの霊訓」を2冊ほど買って帰ると、勉強はそっちのけで読みふけった。

読み進んで行くうちに、この本との出会いは絶対に偶然なんかじゃない、何か見えない力で引き合わされたに違いない、と感じたという。
それは、読み進むうちに更に確信となり、自分は大学でノホホンと勉強している時ではない、多くの人に霊的真理を伝えなければいけない、と切羽詰まった気持ちになって行ったという。

あれこれ話した後、天枝は聞いてみた。

 「奈々子さんは何を実行されてます?」

 「シルバーバーチの言葉によると、先に霊的真理を知った者が
  次の人に伝えなければいけないわけでしょ。
  だから、友人とか家族にシルバーバーチの霊訓を薦めています。
  でも、なかなか理解してもらえないし、続けて読みたいという
  人にもなかなか出会えなくって」

少し困惑したような感じでそう言った。

 「シルバーバーチの霊訓はどれぐらい読んだの?」

 「まだ5巻を読んでいるところ。
  最近は理解しにくいところが出てくるとなかなか前に進まなくって」

 「大学を卒業したら、どういった方向に進むのかしら」

 「スピリチュアル系の仕事に就きたいと思ってます。
  イギリスではスピリチュアリズムのサークルがたくさんあるんでしょ。
  そういうところの事務でもいいけれど、もっと実感が持てるのがいい。
  そう思うと、ヒーラーになるのがいいかな。
  占い師なんかも霊的真理を伝えられそうでいいかも。
  シルバーバーチはサービスが大切だと言っているから、人に
  喜んでもらえる職業につかなくてはいけないですね。」

天枝は驚いた。
まだ5巻までしか読んでいないのに、本気でそう思っているのだろうか。
スピリチュアリズムを人生の指針に生きて行くのと、スピリチュアルを利用して生活するのとでは意味が違う。
聞けば、学費も生活費も両親に仕送りしてもらって生活しているという。
天枝には、彼女の考えが一時的に舞い上がっているように感じてならなかった。

すると、彼女が言った。

 「そうだ、ここで雇ってもらえませんか。
  そうすれば、一石二鳥だから」

一瞬、天枝は言葉に詰まった。

 「あ、あなたを雇うほどの余裕はないの。
  ごめんなさい。
  それより、奈々子さん、本気でスピリチュアリズム中心に生きて
  行こうと考えてるの?」

 「ダメですかあ?
  社会に出ると、スピリチュアリズムを分かるどころか、
  知っている人だって少ないでしょ。
  それに、利己的で自分勝手な人が多いから、人間関係が
  やりにくいと思うの。
  スピリチュアル系な職場なら、みんな真理を知っているわけだし、
  自己コントロールだってできる人ばかりだから、人間関係を
  構築していくには最高じゃないかなと思って。」

 「奈々子さん、あなたは何のためにシルバーバーチを読んでいるの?」

 「そうねえ、考えたことなかったわ。
  あえて言うなら、他の人が知らないことを知ることができる、
  ってとこかな。
  それって、素敵でしょ」

 「何かが違うわ。
  なんなのかしら・・・」

 「何が言いたいんですか?
  私、何か間違ってます?」

 「間違っているとは言わないわ。
  ただね、同じことをするのでも、目的と動機次第で価値が
  大きく変わってしまうの。
  サービスと言ってもいろいろあるでしょ。
  例えばだけど、ホステスのような仕事はサービス業だけど、
  ああいう形で人に喜んでもらうのってどうかしら。
  人の欲望を掻き立てるサービスって、霊的じゃないわよね、
  そうは思わない?

  それとか、陶磁器を作っている人が居るじゃないですか。
  ある人は日常的に使う製品を作り、ある人は芸術性を高めるために、
  自分が良いと認めた作品でなければ全部壊してしまうっていう
  じゃない。
  どちらの人のやり方が良いのかしら。
  私は、どちらもそれほど大差がないように思うの」

 「大差がない? どうして?」

 「芸術性を高めるために、自己を研鑽しながら取り組む姿勢は
  素晴らしいと思う。
  でもね、その芸術性を高める目的が、有名になりたいとか、
  焼き物と自分の価値を世間に認めさせたい、っていうのだっ
  たらどうかしら。
  一度認められれば、今まで一般的な値段でしか卸せなかったのが、
  有名になれば、茶碗一つ数十万にもなるんだから、そういうのを
  望んでいる人だっていると思うの。
  これって、利己的でしょ。
  純粋に、誰かが喜んでくれたらそれでいい、金額の問題じゃない、
  って言うなら素晴らしいと思うけど、
  そうじゃない人もいると思うのね。
  これは、あくまでも例えばの話よ。
  医者だって、教師だって、全て同じ。
  同じ職業でも、目的と動機によっては天と地ほどの差ができて
  しまうのよ。」

 「天枝さん、あなたは私の父をバカにするんですか?」

 「え?」

 「私の父は、信楽焼きで茶碗とか湯呑を作って生計を立てています。
  だけど、芸術性も求めて、少しの時間を惜しんで作っています。
  それなのに、業者の人は父の作品を認めようとしないし、展覧会に
  出してもなかなか入賞さえしない。
  それでも、父は頑張っているし、私を大学にまで行かせてくれてます。
  それを利己的だと言うんですか?
  ダメ人間みたいに言わないで下さい。
  あなたのことを尊敬しかかっていたけど、撤回します。
  こんな風に父親のことを言われるなんて、思ってもみなかったわ。」

 「ちょっと待って。
  私はあなたのご両親が焼き物で生計を立てているなんて
  知らなかったのよ。
  私は、例えとして言ったまでで、あなたのお父さんのことを
  言ったわけではないわ。」

 「私にしてみれば、同じことです。
  今日は喜び勇んでここに来たのに、すごいショックです。
  もういいです。
  私は一人でシルバーバーチを読んで理解を深めていくし、
  他の人にも知らせて行きます。
  今日はどうも失礼しました。
  あーあ、来なければよかった。
  さようなら」

そう言って、奈々子はドアを開けて出て行った。
天枝は、なぜこんなことになったのか、自分は例えとして言っただけだったのに、何が彼女の心に刺さってしまったのだろうか・・・

喜びが一瞬にして悲しみに変わってしまった。

使枝が一言、
 「お姉ちゃんの言葉が、彼女のドツボにハマってしまったのよ。
  きっと後で、どうしてあんなに怒ってしまったのか、自分でも
  不思議に思うに違いないわ。」

たぶんだが、例えが彼女のカルマと一致してしまったのだろう。
父親のことを言われたと錯覚して、間接的に自分が責められたように感じたのかもしれない。
とにかく、気持ちが食い違ったのだけは確かだ。

こんなこともあるんだ、これも体験の一つとして割り切ることにしよう。

各家を回ると決めたからには、こんなことでメゲていてはいけない、最初から良い結果が出たら自分は傲慢になってしまうから、これで良かったのだ。
今回のことを教訓にして、例えを言う時には気を付けよう、そう心に決めた。



遠い道のり」へもどる
ま〜ぶるさんの小説」へ
やっと始まる」へすすむ

霊的故郷