スピリチュアル・カウンセラー 天枝の日誌 (1) 「初めてのカウンセリング」


今年は夏の到来が早い。
この前、やっと待ち望んでいた春が来たばかりだと思っていたのに、梅雨もそこそこに終わり、もう苦手な夏がやってきた。

天枝は椅子に深く腰掛け、今まで自分が手掛けたカウンセリングの日誌に目を通している。
彼女がカウンセリングを行っているのは、自分の喫茶店の片隅。
しかし、妹の方が商才があるらしく、喫茶店を実際に運営しているのは妹である。
天枝はいつも喫茶店の片隅にいて、やって来た人の身の上を聞いたり、相談を受けてアドバイスしたりしている。

相談料は喫茶店のコーヒー代だけ。
気の済むまで、といっても限度があるが、相談者の気持ちが落ち着くまで天枝は話を聞くことにしている。
そして、必要に応じてアドバイスをするのがいつものパターンだ。

天枝がスピリチュアル・カウンセラーを始めたきっかけになったのは、今から5年ぐらい前になるだろうか。
午後4時ごろになると、時折1台の車が喫茶店の向かい側に路駐することがあった。
路駐する車は時々いるので特に気にも留めなかったが、同じ車となるとやはり気になる。
何のためにそこに路駐するのかわからないが、1時間ほどすると帰って行くのが常だった。

1か月ほどたったある日、気になっていた車が、天枝の喫茶店の駐車場に止まった。
そして、その車を降りた一人の女性が喫茶店に入って来た。
40歳前後だろうか、誰かを待つでもなく、週刊誌を読むでもなく、道路の見える窓際の席に座って、ただ静かに外を眺めていた。
時折、小さく折ったハンカチを目に当てたり、鼻に当てたりしている。
背中が震えているようにも見える。
泣いているのだろうか。
その人は1時間ほどすると帰って行った。

その後、その女性は路駐することはなくなったが、喫茶店に来て、窓際の席が空いている時はそこに座り、空いてなければ帰って行くようになった。
変わらないのは、窓際の席に座ると、決まったようにハンカチで涙を拭うことだった。

「あのう・・・余計なことかもしれませんが、何かお困りなことでもあるの
 でしょうか」

天枝が思い切って声をかけてみた、
すると、その女性は驚いたように一瞬天枝の方を向いたが、すぐに目を伏せた。

「ごめんなさい・・・」
「私で良かったら話してみませんか?」
「ありがとうございます」

最初はためらったような感じだったが、ポツリポツリとではあるが、ゆっくり話し始めた。
後で知ったことだが、この時、この人なら話してみたいという気持ちになったそうだ。

「私、息子を交通事故で亡くしまして・・・
 あの高校に行っていました」

喫茶店の道路を挟んだ向かい側には、県立高校が建っている。
この人がいつも来る午後4時というのは、生徒たちが帰る時間だったのだ。

「時々息子を送り迎えをしていたものですから。
 この辺りにいると、学生さんが通るでしょ。
 あの学生さんたちがあの子とダブって見えて、いるはずのないあの子
 を探していたんです」

「そうだったんですか。
 それはお寂しいですね。
 亡くなってからどれぐらい経つのですか?」

「もう半年になります。
 あの子が帰ってくるはずがないのは分かっているのに・・・
 わかっているのに、別の自分がまだ待っているんです。
 探していないと、悲しみで心が潰れそうなんです。
 周りからは、早く忘れなさい、前向きに生きなさい、と言われるけれど、
 どうやったら忘れられるのでしょう。」

「忘れたいのですか?」

「忘れられるわけがありません」

「あなたは、お子さんが消えていなくなってしまったと思われているんで
 すね。」

「男の子なのに、おしゃべりが好きで、いつも私たち家族を笑わせてくれ
 ました。
 あの日の朝、 “行ってきます。今日は部活がないから早く帰るよ”
 と言って玄関を出て行ったんです。
 それから1時間ほどして、警察から電話があって、
 学校の前で左折のトラックに巻き込まれたと・・・
 朝、元気よく出て行ったんですよ。
 今日は早く帰ると言っていたのに、まだ帰って来ないんです・・・
 やっと、念願の県立高校に入学できて、大好きな陸上もやっていて・・・
 まだ成人式も迎えていないんです。
 あの子の人生はこれからなのに、それなのに突然いなくなって
 しまって・・・」

そう言うと、また大粒の涙を流した。

彼女の話を聞いていると、どれだけ息子を愛していたかがよくわかる。
この地上では、若くして子供を亡くした親ほど悲痛なものはない。
この人は、悲しみと寂しさの中で、どれだけ涙を流しているのだろう。

この女性は、息子さんが生まれた時のこと、歩き始めた時のこと、自分でスプーンをもって食べ始めた時のこと、幼稚園での思い出、小学校、中学校の思い出などを、いろいろ語ってくれた。
天枝はただ黙って、静かに聞いていた。

ひとしきり話すと、その女性が、

「息子はもういないのに、ここにいるような気がしてなりません。
 帰ってきてほしいという私の願望が、こんな感覚まで引き出すんですね」

「あなたは、本当に息子さんが死んだと思っているのですか」

「え? どういうことですか?」

「見えないけれど、息子さんはちゃんと生きてます。
 その証拠に、今あなたご自身で言われたじゃないですか。
 “ここにいるような気がしてなりません”と」

「それは、幽霊として生きているということでしょうか」

「幽霊というと何だかオカルト的ですが、実際、あなたが感じておられる
 ように、すぐ傍にいらっしゃいます」

「あなたは、霊能者なんですか?」

「いいえ、霊能者ではありません。 スピリチュアリストです」

「スピリチュアリスト?」

「はい、人はその肉体が朽ち果てて土に帰しても、魂は永遠に成長し続け
 ます。
 そうしたことがわかるようになると、価値観とか視野がどんどん変わって
 きて、どんな生き方がより良い生き方なのかを、必然的に考えるようにな
 ります。
 そして、学んだことを実践して、自分と周りの成長に繋げて行くのが
 スピリチュアリストなんです」

「おっしゃっていることは私にはよくわかりませんが、つまり、息子は本当
 は死んではいないということなんですか。
 生きているんですか」

「はい。 肉眼では見えないし、声も聞こえませんが、生きていた時より
 身近に感じているのではないでしょうか」

「そ、そうなんです。
 もう息子はいないのに、なぜか前より身近に感じるんです。
 だから、余計に悲しくて、いつもここに来て偲んでいたんです。
 教えてください、私はどういう風に息子を供養したらいいのでしょう。
 家では毎日ご飯をあげて、ろうそくと線香を立て、お経を読んでいます。
 毎月お坊さんにも来てもらって、お経をあげてもらっています。
 でも、もっと何かしてあげたいんです。
 私は息子のために、何をしてあげたらいいんでしょう」

「あなたはもう気が付いておられると思いますが、仏壇に息子さんがいる
 わけではありません。
 位牌は息子さんじゃないんです。
 墓石も息子さんではありません。
 あなたは話す対象が欲しいから、位牌に向かって話しかけているだけだ
 というのを、あなた自身、もう気が付いておられますね。
 息子さんは、あなたのすぐ傍にいて、自分はここにいるんだと、叫び続け
 ています。
 でも、あなたには聞こえない。
 息子さんの方を見ようともしない。
 息子さんは、それを悲しがっています」

「そ、そんな・・・本当なんですか」

「はい、本当です」

「では、では、私はどうしたら良いのでしょう」

「あなたに見えなくても、聞こえなくても、息子さんは生きています。
 あなたが悲しんでいたり、寂しがっていると、それが壁になって、息子
 さんが近寄れなくなります。
 ですから、息子さんがいなくなったことを悲しがらずに、愛の念を送って
 あげて下さい。
 肉体はなくなったけれど、息子さんがすぐ傍にいるのを感じようとして
 ください。
 そして、あなたは死んでいるんだよ、もう肉体はないんだから、痛くない
 んだよと伝えてあげてください」

「死んでいることを伝えてあげる?」

「はい、突然でしたから、息子さんはまだ自分が死んだという自覚がなく
 て、混乱しています。
 ですから、既に肉体が無くなっているんだと、言い聞かせてほしいの
 です。
 これは、先に向こうに行った子供にしてあげられる最後の仕事です。
 息子さんがいつまでも地上に残ることは、息子さんの成長にとって好まし
 いことではありません。
 近くに守護霊がいるはずです。
 その守護霊の指示に従うように語りかけてください
 それが、母親として、あなたがすべきことです」

「そうすればあの子は幸せになれるのでしょうか。 大丈夫でしょうか」

「今はまだ幸せとは言えません。
 なぜかというと、本来、霊にとっては地上より霊界の方がはるかに居心地
 がいいのですが、今の息子さんにとって、霊界は精神的に居心地が良くな
 いようです。
 なぜなら、事故で突然他界したので、家に帰りたい、地上で家族といっ
 しょに居たいという気持の方が強いからです。
 息子さん自身が自分の死を自覚するためには、あなたの精神的な援助が
 必要なんです」

「わかりました。
 でも、息子はどうして親の私よりも早く死んでしまったのでしょう。
 早く死ぬ運命だったのでしょうか。
 お寺の和尚さんは、前世で悪いことをした報いだと言いました。
 息子は本当に前世で悪いことをして、その責任を取らされたのでしょう
 か」

「さあ、それが事実かどうか、私にはわかりません。
 中には、今世で予定していたプログラムをすでに終えてしまったので
 早く他界する人もいるからです。
 一概には言えませんが、早く死ぬことでしか償えないほど大きなカルマを
 背負った人もいるようです。
 息子さんがそうだとは言いません。
 言えることは、誰にでも因果律、つまり法則が働いていて、その法則内で
 人生を送っているということです。
 死にたくても死ねない人、生きたくても生きられない人がいる理由は
 そこにあります。
 息子さんの場合も、そうした法則が働いたのです。
 どちらにしても、前世だけ、今世だけ、寿命が長いとか短いと言うことで
 判断する のは視野が狭いと思います」

「今言われたこと、わかるような気がします。
 とりあえず、息子が生きている、そして、いつも私の近くにいてくれる、
 それが分かっただけでもすごく嬉しいです。
 でも、喜んでいるだけではいけないですね。
 私は、息子にとって一番必要なことをしてあげたいのです。
 できれば、私も真理を学んでみたいのですが、どこにいけば学べるので
 しょうか。
 どこかの宗教に入らなければいけないのですか?」

「スピリチュアリズムは宗教的な生き方ではあっても、宗教団体ではあり
 ません。
 スピリチュアリズムの本は本屋に行けば手に入ります。
 読んでわからない内容があれば、私のところに来てください。
 少しはお役にたてると思います」

「わかりました。 さっそく本屋に行ってみます、息子と二人で」

「ええ、そうなさってください」

喫茶店を出る時の彼女の顔は、今までとは打って変わったように明るくなっていた。
そして、彼女以上に、天枝は自分も深く満たされていることに気が付いた。

それから1週間ほどして、再度この女性が喫茶店を訪れた。
最愛の息子を亡くしたと思っていたから、息子の存在を感じることが更なる悲しみに繋がっていたが、今はその逆で、息子の存在を感じることが何よりも嬉しいと言う。
シルバーバーチの本も手に入れて、読み始めたとのこと。
読んでいると、息子も一緒に読んでいるのを感じるという。
息子も霊界のことを知れば、きっと自分から地上を去って行って、もう感じることはなくなるだろう。
その時は寂しくなるかもしれないが、この前までの悲しみとは違って、喜んで送り出してあげられるように思う、と言った。

女性はそれだけ報告すると、何度も何度もお礼を言い、帰って行った。

これが、天枝がカウンセリングを始めるきっかけになった出会いだった。
この女性が来て以来、心の重荷を抱えて喫茶店を訪れる人が少しずつ増えてきた。

今思い返してみると、全てが霊界の意図であったことが良くわかる。
これは、もしかしたら自分に課せられた使命なのかもしれない。
天枝は日誌を閉じると感慨深く目を閉じ、神に感謝の祈りをささげた。



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